「彼女が死のうと思ったのは」第7話 #創作大賞2023

学校の最寄りから1駅乗って、そこで降りた。ついてくる日傘は不思議そうにしていた。

「私の家もっと先だけどいいの?」
「うん。取ってきたいものがあるから。あ、先に行っててもよかったけど」
「いいよ。樹の家、見てみたかったし」

 駅から数分歩き、自宅の前に着く。鍵を開けて中に入っていく。

「私、上がってもいい?」
「どうせすぐ戻ってくるけど、まあいいか。せっかくだし」
「やった、お邪魔します」

カバンから出したタオルでその髪と体の左側を拭きながら、僕に続く。自分の部屋に入って、散乱した中から目当ての小説を探す。

「なにこれ、全部同じ作家だ。この名前って……」

リビングに散乱した本を見て、日傘が言う。

「そう、知ってるだろ?」
「うん。もしかしてこの中に」

日傘が両手で本を拾う。

「その左手に持ってるやつ。貸して」
「え?はい」

渡された小説をバッグに入れて、じゃあ、と踵を返す。

「これだけでいいの?」
「うん。十分」

玄関の隅に立てかけてあったビニール傘を取って、行こうと声をかける。


日傘の家に着いたけど、今度は部屋を片付けさせてほしいとは言わなかった。すぐに二階に上がって、パソコンを起動する。引き出しの奥のノートの間からUSBを入れた小さいファイルを取り出す。

「じゃあ、まずはこっち」

 裏に②と付箋が張られたUSBを指す。日傘は無言で頷いて、パソコンに挿した。
 表示されたファイルをダブルクリックして、例のミステリ小説が開く。

「USBを二つ用意した意図については、部室で日傘が言ったとおりで間違いないと思う。USB①が本命のメッセージで、USB②にはその鍵が隠してある」

 バッグから取り出した短編集のうちの一作。ページを繰って、横に並べた。隣の日傘が覗き込む。

「まったく同じだ」
「そう、これは小雨先輩が書いたものじゃない。父親、空木恭介さんが書いた小説だ」
「お父さんの……。だけどこれパスワードはどこに隠れてるの?このタイトル?」
「その可能性もなくはないけど、たぶん違う。タイトルだけがパスワードなら、日傘のお母さんにもバレる可能性はある。ちゃんと中を読んだやつにしか気づけないところに隠すはずだ」

 表示されているページを後半まで進めて、手元の小説のページも同じところを開く。

「ここ、何か気付かないか?」

 日傘は目を凝らして、画面と見比べる。やがて、ん、と目を見開いた。

「ここ、台詞が抜けてる」
「そう、USBの方は最後の主人公の台詞が足りないんだ。小雨先輩が抜いたんだろう」
「どうしてここを選んだんだろ」
「この台詞を消すことで、物語の意味は少し変わる。最後まで誰も救われず、誰も許されない物語が少しだけ、マシになる。それが、主人公を裏切った女性にとっての救いなのか、主人公にとっての救いなのか。僕は後者だと思ってるけど、それはもう分からない」
「これがパスワードってことだよね?」
「そう、消えた一行はこっちに入れるんだろうな」

 USBを②から①に挿し替えて、パスワードを入力した。
 クリックすると、すぐに読み込みが終わる。

「開いた!」

 日傘がのめりこむように画面に漸近する。
 開かれたファイルには、「遺書」と書かれたワードファイルがあった。
 一度、瞑った目を開いて、こちらに頷く。
 雨はさっきより、少し落ち着いて、小雨に変わっていた。


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