「彼女が死のうと思ったのは」第2話 #創作大賞2023

日傘の家は、学校の最寄駅から3駅乗って、そこから5分とかからない場所にある。夏休み中は部室代わりに集まることも何度かあったが、今回は事情が違う。緊張で心臓は早鐘を打っている。

日傘はバッグから取り出した鍵でドアを開け、僕を招いた。

「傘、そこね」

玄関に入ってすぐ左側に、傘立てがあることに今更気付いた。そういえば雨の日に来たことはなかったな。薄い水色の傘の隣、味気のないビニール傘を差し込む。

当たり前だが無遠慮に玄関を上がっていく日傘に倣って、中に入ろうとすると手で制された。

「ごめん、部屋片づけるから、ちょっと待って」と言い残して、慌てた様子で階段を上がっていく。

おそらく片づける中にはパソコンのデータも含まれているんだろう。玄関に取り残されて、しばらく所在なく呆けていると「よし、入ってきな」と階段の上から声が聞こえた。

呼ばれるままに階段を上がって左の部屋に入る。集まる時はいつも小雨先輩の部屋だったので、日傘の部屋には入るのは初めてだ。小雨先輩の部屋はいつも整然としていたが、日傘の部屋はどんな感じなんだろうか。

「これでも片づけたんだから、文句言わないでね」

だいぶ急いだのだろう。ほとんどのものは雑多に部屋の左隅に押し込まれているようだった。入って正面に見えるベッドの上はおそらくは今脱いだであろうセーラー服と学校指定のカバンが乗っており、日傘はすでにシンプルなTシャツにハーフパンツ姿で、入って右側の学習机の前に座っていた。

「いつの間に着替えたんだ」
「早いっしょ」
「こんなことでどや顔すんな」
「え、なんかあたり強くない?」

パソコンは立ち上げ済みのようで、デスクトップにいくつかのアイコンが並んでいる。手元に揃えていたUSBのうち、1つをノートパソコンの横に挿す。言われた通り目は瞑っておいた。USBのデータを開こうとすると、パスワード入力画面が出てきた。

「本当だな。開けない」
「でしょ。それでもう1つがこれ」

取り外してもう一方のUSBを挿す。ファイルをクリックすると、今度はすんなり開いた。中のファイルは1個だけ。ファイル名は『彼が死のうと思ったのは』だ。ファイルを開いて、中身を読んでいく。

全文はワードで50ページほど。文字数にして40,000程度。小雨先輩にしては短い方だ。

舞台は孤島の普段は使われていない洋館。人が使っていないと部屋がダメになるとの持ち主の意向で、格安ツアー旅行の受け入れを行ったところ、5組の旅行客が来る。迎え入れるのは館の主人と執事が1人。部屋も豪華で、料理も美味しい。誰もが旅行を満喫していたところで、カップルで来ていた若い女性らしき首無し死体が広間で見つかる。

 残された男性は犯人を突き止めて復讐するために、犯人を捜そうとするが、どれだけ頑張っても手がかりは見つからない。それどころか証拠を集めれば集めるほど客のアリバイが立証されていく。

男性は悩んだ挙句、唯一アリバイのない自分が犯人であると言い残し、自殺を選ぶ。その後、エピローグが示されて、終わり。

 僕が画面をスクロールする間、日傘はずっと覗き込む体制でいた。

「私は1回読んでるから分かるけど、樹、読むの速いね」
「今回は短かったから」
「それで、何か分かった?」
「一応、トリックは分かった」
「ウソ!早くない?どんな?」
「じゃあ今から説明するけど、ルーズリーフか何かある?」
「あ、これ使って」

学習机の棚から取り出した裏紙とボールペンを受け取って、目次を書き写しながら話す。

「まずは核心の部分。女性を殺した犯人についてだけど」
「ふんふん」
「存在しない、これが答えだ」
「え?でも殺されてるんだから誰かしら犯人がいるんじゃないの。自殺ってこと?自分の首を切り飛ばすなんてできるの?」
「いや、そうじゃない。これは、入れ替わりトリックだ」
「入れ替わりって誰と」
「洋館の主人の奥さん」
「奥さんって、最初にちょこっと出てきただけじゃない」
「そう、その時、主人の語りで「そろそろ邪魔になってきた」って書いてあったろ?そのあと、「そうだ。いいことを思いついた」で場面転換。カップルの女性がツアーの話を持ってくる。そして旅行先の孤島には主人の奥さんはいない」
「あれ、でもエピローグで館の主人と奥さんがラブラブで話しているシーンなかった?」
「あそこで主人と話していたのがカップルの女性」
「はああ!?なに?ふざけてんの?」
「ふざけてないよ、じゃあ時系列で話していくから聞いて」

不満そうな表情だったけど、真剣そうに僕の手元を注視する。すっかりのめりこんでいる様子だった。

「まず、プロローグはさっき言った通り。ここでは、館の主人と奥さんの仲の悪さが示されてるよね。そして主人が何かしら計画を思いついた描写。あと、さりげなく奥さんの背格好と部屋に女中さんが入ってきた様子も書いてある」
「そうね。たしかにそう」
「そして、次はカップルサイド。こっちもところどころで彼女の背格好を描写しつつ、彼女が新しい仕事を見付けたこと、給与や待遇がよいらしく最近羽振りがいいことを示してる。後、彼氏にプレゼントされたピンキーリングがちょっと窮屈だって話もしてるね」
「ちょっとまって」

言いながら日傘は画面をスクロールし、該当部分を確認する。

「ホントだ」
「で、第1章、島に主人公含む5組の旅行客が来て旅行を楽しむ様子。彼女の機嫌が急に悪くなり、喧嘩して部屋を出ていく。そして4・5時間後、首無し死体発見。主人公が泣きながら、死体の手からピンキーリングを外すシーンもあるね。そして、他の客が警察を呼んだと伝えてくる」
「この時点で入れ替わってたっていうこと?」
「そう。主人公もこの時は気づいてないけどね。リングを外すシーンでプロローグの伏線を使ってる。彼女の指ならリングは窮屈なはずなのに、すんなり抜けてるだろ?死体が彼女でないという証拠だ。そして第二章が、情報の整理とアリバイ立証。他の旅行客についてテンポよくアリバイが立証されていく」
「アリバイに穴がある可能性はないの?」
「ホントはなくもないんだけどね。トリックを仕込むにしては描写が短いし、この人たちのキャラの掘り下げが全くと言っていいほどない。ここは単にアリバイがあることが分かればいいんだと思う。それで第三章が解決篇。主人公の独白部分だね。仮説を立てて却下してを繰り返し、最後に彼女の手を握った時のことを思い出す。その後、主人公が犯人の考察を止め、自殺」
「ここ、不思議なんだけど、主人公はどうして死んだの?他の人にアリバイがあったって、自分が犯人じゃないことは自分で分かるはずでしょう?」
「そこが今回の重要なところで、タイトル回収の部分。それは最後に説明する」
「うん」
「それで、エピローグでは、館の主人と女性の会話。女性を奥さんとは書いてないだろ」
「それが入れ替わってた描写ってことね。うん、なんとなくわかってはきた」
「そして主人公が自殺した理由なんだけど、真相に気付いてしまったからだ」
「さっきのピンキーリングきっかけで、全部わかっちゃったってこと?」
「そう、ツアーの話の持ち込み、こっちでの急な態度の豹変、ピンキーリングの件とか色々あったからね。自分が裏切られたことに気付いたんだ。それで絶望で自殺。知らない方が幸せだったかもね」
「なるほど!そのためのピンキーリングだったの!あー、ようやくスッキリした!」

日傘が、バチンと両手を合わせる。

「それにしてもよくできてるよな」
「だね!解けたら全部が一気につながる感じというか、ミステリって結構面白いじゃん!」
「気づいてもらえてよかったよ」

興奮冷めやらぬ様子の日傘をよそに、ところで、とルーズリーフを裏返す。

「どうして小雨先輩は、これを日傘に見せたかったんだ?そしてもう一つのUSBは何?」

あ、と一瞬固まって、苦笑いを見せる。

「それが本題だったね、そういえば」
「最初はさ。小説に何か日傘に対するメッセージが込められてるのかもって思ったんだ。物語を通して何かを伝えようとしているのかもって。でも見てみた感じそうじゃない」
「そうだね。そのためだけのために書くにしては、内容が凝りすぎてるし分かりづらい。第一私ミステリ読まないし」
「そうなんだよなー」
「でも文体はお姉ちゃんだよね」
「たしかに句点の打ち方とか改行とか、小雨先輩っぽいんだよな。だけど、内容はなあ。新境地って言えばそうなんだろうけど」
「普段のとは違うの?」
「うん。確かに先輩はよくミステリを書くけど、謎に主眼を置くことはほとんどないんだ。主人公やサブキャラの内的成長だったり、関係性の清算だったり、キャラがメインなんだよ」
「だけどこれは謎解きがメインになってしまってる、ってことね」
「そうそう。だかららしくないっちゃあらしくない。けど、僕が読んだ先輩の作品なんて10作程度だし、あてにはならないのかも」
「うーん、難しいね」
「正直今のところ、見当すらつかない」

窓の外に視線を向けると、もうすっかり暗くなっていた。時計を見ると時刻はすでに21時を回っていた。

「うわ、もうこんな時間か。一旦、帰って整理するわ。ごめんな長居しちゃって」
「いいよ。どうせお母さんまだ帰ってこないし。じゃあまた明日部活で」

家までは2駅くらいあったけど、歩いて帰ることにした。傘は一応差したけれど、風が強くて帰る頃にはびしょ濡れだった。

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