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才能の正体

新宿東口で合流した彼女は、食事場所を探す道すがら「ちょっと待ってて」とプロミスに入っていった。人の返済待ちは初めてだ。彼女といると、そんなことが当たり前に起こる。

彼女を仮に村田と呼ぶ。私と村田は、九州の短大で出会った。人気者の村田と、卑屈な私。一見合わない2人だけど、なぜかとても馬があった。

「サイゼにする?」
私は村田にそう尋ねた。プロミスから予想される通り、村田には金がない。舞台女優ではまだ食べていくには足りないみたいだ。

「牛角がいい」
さっき返済してたやつとは思えない返事が返ってきて、ああ村田だなあと思いながら笑う。こういうところが、周りに人の集まる理由なのだ。

「あっ、待ってて〜」
レイクの中に消えていく村田。こっちもかい!!と心の中でツッコミながら、さっきよりも板についた返済待ち姿の私。

30秒ほどして、村田はしょぼくれた顔で出てきた。契約機だけで返済コーナーがなかったらしい。気を取り直して牛角に向かう。

あれこれ話しながら探しているが、一向に牛角が見つからない。Googleマップを使いこなせないようだ。そんな村田らしさに懐かしさを感じる。

30分ほどして、やっと牛角にたどり着く。
「いくらぐらいなんかな〜」村田が言うので、食べログとかで相場を見ようと提案した。

3000〜4000円。

「サイゼ行こか」
村田の潔い舵きりで、私たちはサイゼリヤに向かった。

なんでもない話に花が咲く。
会社で挨拶の返事が返ってこないこと、精神病の両親と再び暮らすことへの不安、これからの仕事の先行きの見えなさも、するすると口から滑り出ていった。

ほとんどの人は、そんな悩みに深刻な顔でうなづいてくれる。大変だね、頑張ってるね、と労ってくれる。

「崖は無駄な気苦労してんのな〜」

村田はそう言って、はははと笑った。胸がすっと軽くなる。

学生時代、村田に対して劣等感を抱えていた。なぜか人の集まるその魅力が羨ましくて、嫉妬していた。天才には私の孤独はわかるまいと、ひねくれたこともあった。

村田の才能の正体がわかった。

むき出しでいる才能

行動も言葉も、なんのフィルターも通さない。なんの嘘もない。いらないことはなんにも考えない。まるで野生動物のようなのだ。次に何が起こるかわからない、そんなリアルに人は惹きつけられるのだ。

それが腑に落ちた時、抱いていた劣等感は喜びに変わった。こんなに魅力的な村田と友達なことが、心底嬉しい。

漠然と感じる才能に嫉妬した時は、あと少し目を凝らしてよく見ることにしよう。

才能の正体を見破ったとき、嫉妬は誇りに変わる。

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