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【GLAY】激動の2006年

大学を卒業して、某コンサートプロモーターに就職したものの良い子ちゃんが息できるわけもない真っ黒の業界で「学生気分が抜けてない」とか言われて1ヶ月でクビになり、しばらく某球団のイベント部門で派遣アルバイトをしていて「社員にならないか」と誘いを受けるも野球には微塵も興味ないしもう(言うほど都会ではないけれど)都会の四角い空に疲れ切っていたのでお断りして、お金もなくて、帰りたくもない実家に戻らざるを得なくて、大企業には入りたくないと思っていたのに気づいたら某流通大手に入社していて、まあ今思えばそこでしっかり社会人としての基礎を教えてもらえたし仕事も楽しかったから戻れることなら戻りたいなあとも思うほどなのだけど。
プライベートの方では「初めに好きと言った方が負け」をお互い地で行ってしまって完全に関係が壊れて煙たがられているのもわかってるのにずっと好きだった先輩に卒業を機にしっかり振られて、クビになった会社の就職に関して心からお世話になったと思っていたはずの人に関係を強要されたのは本当にショックで、自暴自棄だったとはいえもっと自分を大事にしてほしいとその時の自分には言ってあげたい。
そういう、振り返ってみるとなかなかに激動な年であった2006年。

音楽業界のオトナの裏事情なので詳しいことはわからないのだけれど、どうやらGLAYにとっても2006年は大事変の年だったらしく。
私の耳に聞こえてきたのは、旧所属事務所がGLAYに支払われるべきお金を搾取していた問題で裁判を起こした末に事務所独立したものの、長年一緒にやってきたスタッフとの別れもあっていろいろと大変で、氷室さんには随分助けていただいたようだということくらいで、それもどこまで事実なのかは不明。
表立って何か変なことが起きたりもしていないし、普通に音源リリースして、ライブもやって、なんならヒムロックとコラボなんて精力的に活動してるなあという印象があるくらい。
解散の危機再来レベルの事態が巻き起こっている中で、それをおくびにも出さず当たり前のように淡々と音楽活動を続けていたのかと思うと感情迷子で語彙力失くすほど苦しい。
「“東京ドームでライブをやる”って音楽業界的に実はすごく大変なこと」の意味が分かってから、2005年の東京ドームでTERUさんがマイクスタンドに掛けたジャケットを10年後の2015年東京ドームで回収する演出は涙なしではとても語れないし、どちらの場面も現場で生で目撃した人間として、最後の瞬間までGLAYを支え続けたいと思わざるを得ない。


自分がおかしな状況だったからなのか、GLAYの異変をどこかで感じていたからなのか、ライブ後に思う所がたくさんあったようで書き残していたものがある。
何言ってんだろう?ってくらい生意気で傲慢で辛辣な物言いをしている所があって自分でもびっくりするのだが、それも当時の空気として一緒にパッケージングしてお届けすることをご容赦願いたい。



GLAY IN BUDOKAN 2006 ROCK'N'ROLL SWINDLE

2006/2/8 日本武道館 2階スタンド南西

ライブに行った証である足の痛み。
その一方、慣れない土地でアパートを探して、入社予定の会社に顔を出して、3日後には某アイドルのコンサート現場をこなさなければならないという現実。
自分の中にすんなり同居してくれなくて、優しすぎる朝日がやけに目にしみる。

昨日から心がざわついたきり、感情を表現する言葉達が引き出しからこぼれ落ちて整理がつかない。
混乱した末に頭の中では戦隊モノのエンディングテーマが延々と流れて止まないのが、卒業したいはずの人を思い出させて余計混乱してくる。

GLAYのライブは10ヶ月ぶりだった。
こんなに行っていなかったなんて、泣きたいのに泣けなくて苦しむようになってしまったのも無理はなかった。
カタルシス、コミュニケーション、旅、仲間、想い出、晴れ、幸福、愛。

「ひとつ自慢したいことがあります。GLAYの音楽に触れているファンは素晴らしい人達です。すごくあったかい人達です。GLAYを幸せにできる力を持っています。」
TERUさん。
こっちこそ自慢したいよ、そんなGLAYを大好きでいさせてくれるあなた達を。

3曲目にして早くも、純粋にライブに来られたことがすごく嬉しくて『生きてく強さ』を歌いながら涙した。

新曲『LAYLA』(レイラ)。
今のGLAYを詠ったというその歌は、あまりにも、あんまりにも今の自分に突き刺さって、痛くて、でも温かくて…歯を食い縛っても涙が止められなかった。
新曲を初めて聴いてこんな風になった事なんて今までなかったのに。

「仕事終わってから新幹線で来て、ライブ終わってから新幹線で帰るっていうような人がたくさんいると知りました。遠くから大変な思いして来てくれた人、本当にありがとう。」

どこまで私の事情を汲んでくれるんだろう。

「よく頑張ってひとりで来たね。」

50メートル先のGLAYも、5センチ隣の友達も、優しすぎて温かすぎて、今生きてその空間に居られる事に感謝した。

3年前と何も変わらない、武道館ライブ後の景色。

「変わらないものはいつまでも変わらないんだよ。」

仕事始まったらもうライブにも行けないかもしれない、これが最後かもしれない…などと、環境が変わる事に怯えるあまり、変わるはずのない事を見失いそうになっている。

東北に入った途端に酷い吹雪だ。
太陽にも少しは慣れたかな。

2006/2/09 08:19
3日後には現場…とか言っておきながらインフルエンザに罹って飛ばしました。多大なご迷惑をおかけした関係者にお詫び申し上げます。


GLAY+KYOSUKE HIMURO “SWING ADDICTION”

2006/8/5・6 味の素スタジアム 下層バック正面・上層バック最後列

5年前、こけら落としライブでGLAY EXPOが行われた場所。
あの頃はまだ「東京スタジアム」だったか。
普段は静かなベッドタウンなのに、こうしてイベントがあるときは特急含めすべての電車が飛田給に止まり、駅周辺のコンビニからは商品がどんどんなくなる。
総出で人員整理をする駅員さんを見ていると、普段の業務とは違う緊張感とエネルギーがみなぎっていて、コンサートスタッフの一員としてやりがいを感じるのに近いものがある気がする。

会場で一番はじめに感動したことは、両者のファンが何の違和感もなく住み分けをするわけでも相手のことをとやかく言うわけでもなく、交じり合ってそこに存在していることだった。
様々な種類のコンサートでお客さまの様子を見ているが、アーティストによってそこに付くファンの性質はまったく違う。
某番組の観覧でさいたまスーパーアリーナに行ったときなど、決して互いに交じり合うことなどなく敵視でもするかのような空気があったから、なおさらだった。

1日目は下層バック、2日目はなんと上層バックの最後列!
ステージからの直線距離が最も遠い席。
でも2日目、最高に楽しかった!
ライブ帰りで夜行バスを待ちながら興奮冷めやらぬ中これを書いている@新宿のネットカフェ。

何が楽しいって、とにかく眺めが最高。
「人がゴミのようだ」という言葉が素直に出てくるくらい会場のすべてが見渡せて、ある意味VIP席。
そろそろ座席の位置やライヴ形態はほぼ経験し尽くしたと思っていたのだが、あの絶景は初めてで、写真に撮りたいくらいだった。
それから、ライブ前にアルコールなんて大人になったなぁと。
氷室さんとのライブだからこそできたことでもあるかな。

そして周りの席がみんなヒムロックファンだったことが何よりの幸運。
ヒムロックのファンの皆さんは、本当に「大人」で、音楽が大好きで、ライブの楽しみ方を知っていらっしゃる。
だからヒムロックの出番のときはもちろん、GLAYの時だってものすごいノリノリ!
知らない曲でも、掛け声やフリなどまったく見たことなくても、自分なりに音楽を感じて楽しんでくれている。
それがすごく嬉しくて…同時に、GLAYファンには無い傾向だなぁと反省させられる光景だった。

「GLAYファンはコドモだ」と、ライブ終了後に会議を開いていた氷室ファンの人たちが言っていたらしく、それは本当に言い得ていると思う。
GLAYのライブにしか行ったことがない人が多すぎる。
GLAYだったら何でもいいから行くって人が多すぎる。
逆に、GLAYじゃないならいいやーって人が多すぎる。

1日目に周りにいたGLAYファンが、ヒムロックの出番になったら座って暇そうにしていたのは悲しすぎた。
ライブって、絶対みんなおんなじノリで、決まった手振りをしなきゃいけないものじゃない。
曲がわかんないからって参加するのを諦めなくたっていい。
自分の体で音楽を感じて、自分の動きたいように動いていいのに。
確かに何万人が同時におんなじ動きができるあの一体感は奇跡だし、最高の気分ではある。
だから私はGLAYをある意味で宗教だとも言っている。
とはいえ。

かく言う私自身、自分の思うように楽しめるようになったのは最近のこと。
GLAYがライブでいきなり新曲をやるようになって、それが定着してきて、これはもう自分の思うように楽しまなきゃ損だ!って気づいてから。
でもそれは音楽の世界に於いては実はごく当たり前のことだった。
そこに気づけていなかったら、今ほどライブを楽しめていなかったかもしれない。

GLAYは人柄に偏りすぎている、無意識にそんな言葉が出た。
人柄がいいことは最高に素晴らしいことだし、人柄がいいGLAYならではな出来事もたくさん経験してきた。
でも偏りすぎてる、頼りすぎてるとも思った。
氷室さんのMCの無さには愕然としたと同時に「あ、ホントに音楽で繋がってるんだ、この人とファンとは。」と気づかされた。
MCの多少はそれぞれのスタイルがあるからとやかく言うことではないけれど、GLAYの場合はMCが来るとすごく嬉しいし、安心したりする。
逆にMCがないとなんだかもの足りないとさえ感じると思う。

この状況、果たして本人たちが望んでいる形なんだろうか。
そのために何回もGLAYは死んでいるのではないのか。
何度Re-birthしたって、どんどんこの傾向は加速しつつある。
曲からもライブからも、予定調和的に幸せオーラばかりが先行して伝わってきてしまう。
ファンの想いとGLAYの望みがどんどんかけ離れて、このままじゃ危ういのではないか。

感じて欲しい Not only “GLAY IS BEAUTIFUL” , but also “MUSIC IS BEAUTIFUL” !!!


GLAY TOUR 2006 ROCK'N'ROLL SWINDLE “Re-birth”

2006/12/19 秋田県民会館 1階4列上手のはじっこ

ホントにホントに幸せだった。
鼻毛見えるくらい近かった。
今回もTERUさんとは否応なしに通じ合いすぎた気がするし、笑顔が忘れられない。

気持ちを伝えたくて、真正面からじっとTAKUROさんの目を見つめてみた。
すると目が合うたびに彼は、ニコリともしない目でじー…っと見つめ返して来る。
伝わってるのはいいけれど、正直真顔は怖い。
けれど、本当に幸せそうだった。
「頭からこんな幸せでいいのかと思ってた」って言っていたし、意外な秋田との縁の話も聞けた。
彼が幸せそうにしてくれていることが何より一番安心する。

それにしても、TERU&TAKUROの絡みがあまりにも見えすぎて…あんなに密着しているものなのね。
それで真っ赤になった顔を押さえて興奮していたら、TERUさんのサービス精神を刺激したのか知らないけれど、目の前でやたら絡みながらこっち見て「どうよ!」みたいな顔するので無事昇天した。

JIROさんはすごいです。最高です。
だって、自分で言ってるから。
ホントに可愛すぎだしカッコよすぎだし、適度に意思疎通してくれるし。
「FORUSでクリスマス抽選をしたらウエハースチョコ2枚で外れだった」って…申し訳ない!
謝ったもん。毎日景品のプレステ3やDSを見ている立場の自分として。
私がそのとき対応していたらもっと良いのあげたのに!(それは職権乱用)
と、口では大きいことを言いながら実際はコソコソ距離をとって、はなまるうどんでおくらめかぶ食いながら、車で去ってゆくのを見守っているだけで精一杯のチキンなのでした。KT怖い。

HISASHIさんはね、近くに来ると遠くを見つめるので、やはりまた目が合わず。
新曲の歪みが不響和音なのに妙にハマってるあの感じ、HISASHIさんでした。
ネイガーとなまはげのネタはピカイチです。
でもネイガーはなまはげをモデルにしてんだけどね。敵じゃないよ!
おかえり東北。

それで今回すごかったのが、サポートのTOSHIさんとSEIさんのトークが盛りだくさんだったこと。
爆笑に次ぐ爆笑で、メンバーのMC入る前に力尽きそうだった。
こまち健康ランド、1日遊べるって話は聞いてたけど、TOSHIさんが8時間もいたっていうんだからホントなんだろう。
わらしっこの湯には気を付けて!
SEIさんはとっても秋田観光を楽しんでくれたみたいで嬉しかった。
かんとうですよ、かんとう。

ステージに声をかけると普通に会話できちゃう距離って素敵。

ライブは慣れてるハズなのだが、やはり地元に来てくれるというのは特別なことだ。
秋田についてはけっこう縁があることもあり、気持ちの距離がすごく近い感じで話してくれるから嬉しい。

「GLAYはさよならは言わない!行ってきます!」「行ってらっしゃい!」

「メリークリスマス!」って上司が10個くれた、クリスマス抽選会の余り。

JIROさんが抽選して当たった、いや、ハズレなんだけど、当てたやつ。

ライブの翌日はGLAYファンでわやだったようで…
近所のスーパーでも売っているのに、それを買うのではダメで。
わざわざ5千円分買い物して、あえてハズレをねらって抽選に並ぶGLAYファン。

あほくさいけど、気持ちはわかる。


10ヶ月ライブ行かなかったくらいで絶望の淵に立っているかのような書きぶりには苦笑する。
どうやらこの頃からライブ最後の「行ってきます!」「行ってらっしゃい!」が始まったようだ。
すっかり忘れていることや、新曲を初めて聞いたときの気持ちなどが書き留めてあるのは良いことだなと思った。


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