妻のひとりごと#1『私は毎晩夫にコーヒーを淹れている』
【そもそもコーヒーを飲まない私がなぜ作れるのか】
初めてドリップコーヒーなるものを淹れたのは今から10年以上前。
目黒の権之助坂沿いにあった超弱小web系ベンチャー企業で働いていた時だ。
重役出勤してきた年下社長が
「なる、コーヒー入れて」
と、今買ってきたらしい一杯抽出型のドリップコーヒーの大袋を渡しながら言ってきたのだ。
私はコーヒーは飲まない。
せいぜい、ネ○カフェのあの黒いビンに入った粉をカップに移してお湯を注ぐ、それくらいだ。
私は自分の仕事の手を止めて、給湯室に向かいながら作り方を聞いた。
すると
「裏読めば?」
軽くあしらわれた。
これって今ならパワハラ案件だよね。
坂上さん登場だよね。
でも、おかげで作り方を覚えた。
蒸らす時間、注ぐお湯の量、注ぐスピード。
たかが小分けパックとはいえ、些細なことで味や風味が変わるのが面白かった。
社長の好みもなんとなく分かるようになって、社員が増えても社長のコーヒーを淹れるのはずっと私だった。
辞めてから淹れることはなくなった。
しかし、その数年後に出会った結婚相手はコーヒーが好きだった。
彼は自動ドリップできるコーヒーメーカーのレンタルを希望していたが、うちのような狭いキッチンには置くところもないし、どうせ掃除するのは飲まない私だろうし、いろいろ気にくわないのでレンタルは却下。
なので、私は毎晩夫にコーヒーを手動で淹れている。
て言っても小分けパックだけど。
てか男ども自分で淹れろっての。
【味のこだわりはむしろ私にある】
夫はなんでもおいしいと言ってくれる。
料理だって失敗しても笑ってくれて
「失敗して良かったね。次は今日よりおいしくなるね」
と励ましてくれる。
うう…好き…
コーヒーも、自分は淹れ方を知らない負い目があるからか、どんなものでもおいしいと言っている。
もはや優しいのか、馬鹿なのか。
夫の舌を当てにしていては何も得られない。
あのパワハラ社長から仕込まれた(?)技で、私の研究の日々が始まった。
夫はコーヒー好きとは言うものの、甘くないと飲めない。
ミルクと砂糖は必須。
そうなるとそれぞれの量にも研究が必要で、普段の料理の甘さの好みを参考に毎晩調節を繰り返した。
当然夫は全ておいしいそうだ。
手応えゼロ。
しかし、私自身が納得の行く“夫が好きな味”には明確なイメージがあって、そこにたどり着ける頻度は非常に低い。
蒸らす時間か、注ぐスピードか、ミルクの量か…。
呑気にテレビを観て笑っている夫を背に、私は毎晩、夫のコーヒーカップと格闘している。
私のコーヒー修行は続く。
きっとこの先何年も、何十年も。
夫が、私より先に旅立つその日まで
ずっと、ずっと。
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