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時代転送実験 本編

 わたしは歴史を勉強する学生である。
 時は22世紀、今や歴史を専攻する学生は長らく残された文献を漁る以外にも、直接その時代へ赴き、直にその時代の空気を肌に触れつつ、歴史の影に隠された普段の生活すらも、のぞき見ることができるまでに機械技術などが高度な発展を遂げた。

 これは歴史以外にも別の分野での専門家の協力も必要な一大プロジェクトだった。なぜなら専門の装置を扱うのに彼らの協力は必須だし、実際に現地に乗り込む過程においても、その所作や歴史背景に熟知するだけでは、招かれざるトラブルが発生した際に対処しきれるわけではない。時代にそぐわない行為は現存する時代と、その未来に更なる混乱を招くことになるからだ。

 もちろん、その装置に対応できるだけの訓練も必要だ。頭脳だけではダメだし、体力が有り余っているだけでもダメ。メンタルが強いだけでもダメ、など合格基準は非常に厳しいものだった。その何段階にも及ぶ長期の適性試験では、かなりの数の優秀な応募者と名を馳せた秀才が脱落し、姿を消していった。

 わたしだって、ようやく実用段階に入ったわけだから、合格はしているのだろうけれど、この先もずっと生き残れるとは限らない。なにせ、ドンドン先へ進むたびに規約が増え続け、サインさせられる秘密保持契約の条項も増していったからだ。とうとう最悪の場合を想定したシビアな内容も全てのみこんだうえでサインせざるを得ないところまでいったが、気が付いたときにはすでに、わたしは誰よりもこのプロジェクトと研究に没頭していた。

 いったい何人が残っているのかも、わたしは知らなかった。実用段階になると、被験者(応募者の中での合格者)は個別対応になり、被験者同士での接触も禁止された。つまり、自分以外の被験者の情報を一切知らされないということは、装置に入って同じ時代に転送していたとしても、会った時にお互いがそうだとはバレにくくなる。つまり、すべては向かう時代への混乱を避けるための配慮ということらしい。一体いつからこのような実用段階での実験を行っているのかを知りたかったが、そういう質問は禁止事項に記されており、聞いても答えてもらえないことがほとんどだった。

 毎回、装置による時代転送を終え、戻ってきた時が一番ほっとした。今回も、いつもと変わらないその時が来ると、今までは当たり前だと思っていたのだ。
 しかしこの時は、いつもと様子が違っていた。目が覚めた時、装置のドアは自動で空いた。いつもは側に必ず開発者なり研究員が付き、目が覚めるとドアを開けて出してくれる役割をはたしていたのに。この時は、コンパクトになった、よく似た装置が一台だけ置いてあり、周囲にひとは誰もいなかった。何もかもが少し違った違和感が、そこにはあった。

 装置はわたしが使っていた、いつもの装置よりもだいぶ新しいものだ。しかしよく見れば大分傷んでおり古いようにも見えた。装置の置かれた部屋の色味は病的に白く、病室よりも温かみがなく無機質で窓がない、やや広めの部屋だった。物が極力置いてなく、周りから一切音は聞こえず、がらんどうとしていた。試しに手を叩いて音を鳴らしてみると、音は吸収されてしまい無音に近い状態になった。こんなことは初めてだった。知ってる時代の、装置のあった部屋はこんなじゃなかった。ここはわたしの知らない場所だ、そう気づいたときには、背筋がすうっと凍り付く恐怖を覚え、身震いした。

 そのうち、事情を察した防塵服らしきものを身に纏った誰かがいつの間にか側に現れており、動揺するわたしにお構いなく、無味無臭の何かを噴霧した。それから交わす意思表示は全てボディアクションではあったがなぜか、こちらにもわかる合図だったことで意図は理解できた。もうこうなれば案内人の指示に従うほかない。なぜならたどり着いた時代においては、その場の常識が最優先されるからだ。
 噴霧された後の指示では死体袋みたいなものを被らされ、寝かせられた台ごと、どこかに長い間、移動させられた。ずいぶん長い時間のように感じたし、かなりの時間の移動をしたように思えた。やがて袋は解かれ再び視界に光が差し、この目に拡がる世界を目にした時、たどり着いた場所は来たことのない未来だとわかった。
 わたしは元の時代ではない、別の時代へ移動していたのだ。未来の相手も事情を察しているのか、説明は手慣れており、お互い飲み込みは早かった。

「よく来るんだよね、ここ最近特に多いよ。これマズイよ」

 驚いたのは百年後の世界なのに、あまり言葉は変わっていないことだったが、実際相手も時代は多少違えど、同じ立場の人間だったらしい。おかげで意思疎通や共通の理解に苦労せずに済んだのだが、良かったのはこれだけで、実際には問題が山積みだった。結局この時代ですらも、元の世界に戻る方法は完全に確立されていなかった。そして時代転送実験は、この時代ではとうに計画がとん挫し、現在ではまったく行われていないということも知らされてしまった。つまりここからもとに居た時代へ戻る術が、この時代には存在していないという意味を指していた。

 そしてわたしの居た時代に実在した研究者や協力者たちはみな、一大プロジェクトにおける内部闘争などの長年の争いにより、今では技術開発が停滞したどころか、袂を分かってしまい方々に散った挙句、ほとんどはもう亡くなってしまったそうだ。つまりわたしたちは、残された資料を基に、元の装置を新たに開発し直すところから始めなければならないということだった。

 ちなみにわたしがこの時代に来るまで、あの装置は一度も稼働したこともなく、取り外すことのできないお荷物状態のまま、長年放置されていたことも、この時に知った。そういった装置はこの施設には何台かあり、これまでも様々な人が同じように、ここを訪れては馴染んで生活し、そのまま居ついてわたしのような迷い込んだ人を受け入れる役目をするものもいれば、まったく馴染めず元の時代を懐かしんで無理に装置を稼働させ、そのまま姿を消したものもいたそうだが、その後の行方は要として知れないということだった。これも壮大な研究過程の副産物になるのだろうか。

 未来の時代といえども、不可能なことは当たり前にある。

 わたしはこれまで過去の時代にばかり移動していたが、未来へ移動してしまった今でも、ごく僅かの事情を知った人間以外には素性を明かせないところも相変わらずだし、表には出れないせいか、この施設内で暮らすことになるが、ここには今まで膨大な量の様々な資料があり、そこにはわたしがいた時代の情報も数多く存在していたから、むしろ個人的には自身の研究にはプラスになることが多くなった。そしていつか戻れるその日まで、この時代に馴染んで生活しなければならないところも含めて、あまり変わらない状態ではあった。ただ、新たにやらなければならないことが増えただけだ。
 かつて居た時代へ戻るための研究が、この時から始まった。

 いつか戻れた時、今のことを懐かしく思えるときが来るのだろうか。

 そんなことを考えながら、この生活は十年目に突入した。

                              終わり
        


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