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アザミの花

爽やかな風と
朝の光をあびて歩くというのは
なんて気持ちがいいのだろう。

まだまだお休み中のお花もあるけれど
アザミのお花は早起きさんだ。

夫はまた
なにか悩んでいるようだ。

眉間のシワを見て
私の気持ちも下がる。

けれど
私がしてあげられることは
そう多くはない。

ただ笑顔でいて養生して
家事をして…
できることをするだけ。

彼はどうしたら
ネガティブなダークサイドから
抜け出すことができるのだろう。

ネガティブに考えることは
決して悪いことではなく
危機感を感じることは
身の危険を回避する本能なのだけれど

それで心身を病めば
ネガティブに偏りすぎだ
というのサインを体が発している
ということなのではないだろうか。

私も数年前まで
ダークサイドにいた。

かなりネガティブたったので
今日の嫌だったことや
明日の不安ばかりを
眠る前に考え
毎日のように泣いていた。

それが変わったのが
本を読んで知った
「いいことノート」を
書くことだった。

こんなことで
何が変わるのだろうと
半信半疑で書き続けた。

ご飯が美味しかった
店員さんが笑顔で接客してくれた
空が綺麗だった
お花が可愛かった
大好きな通販で買った荷物を届けれくれた
お風呂が気持ち良かった
今日は気持ちよく起きれた
遠くに見えた富士山に気分が上がった
・・・
そんな小さくて普通のことを
毎日書き続けていた。

早朝の富士山

そして気が付けば
不思議なことに
幸せな気持ちで眠ることが
できるようになっていた。

ただそこにあるけれど
本当は当たり前のことなんて
ひとつもないこの世界に
感謝が溢れた、と同時に
その感謝を感じることのできる
そんな自分を素晴らしいと
肯定的な感情も持てるようになっていた。

頭にお花が咲いていると
言われるほど楽天家に見えるのが
嬉しくもあるのだけれど
ネガティブな考えが巡ることは
今だってもちろんあるし
つい自分の心や体を大切にできなくて
強制終了がかかることもある。

この体があって
美しいものを見ることができて
気持ちの良い音や感覚を
感じることができて
行きたいと思えばその場所へ行けること
健康な体があることへの
感謝の気持ちを忘れて
無理してしまったりする。

分かっているのに
分かっていないような
そんな自分の思考を
責めてしまうこともある。

けれど
それに気が付けば
これからもっと良くなる
そんなチャンスなのではないだろうか。

考え挑戦するチャンス
それはいつでも目の前にあるし
逃げて行ったりしない。

チャンスはいつだって
その人のタイミングに合わせて
やってくるのだから。



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