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柘榴の子守唄

虚弱体質で生まれたわたし
すぐに熱を出し、肉や魚などの
動物性の食物を食べると
すぐに吐き戻してしまう子どもだったらしい。

縁側で青白い顔をして
祖母の膝に抱かれていた。

我が家の庭には
樹齢100年をゆうに越える柘榴の木と 椎の木と 枇杷と梅とが植わっていた。
古い日本家屋らしく 実の成る木が多いのだ。

わたしは柘榴を好んで食べた。
他の林檎や桃などは食べない癖に
あの 食べにくい柘榴を小さい指で摘んで外して食べた。

あなたは柘榴を食べたことが
おありだろうか?
観賞用と思われるがちだが その実は どっこいしっかり食せる。
酸っぱいのを通り越して 苦いくらいの味だが…
ぱっくりと裂けた固い外皮からは想像もつかない美しい桃色の粒が整然とびっしりと並んでいる…
それが罪深いくらい 清らかに思え
幼いわたしには 宝石を口に頬張る気がした。とても清らかなものを口にしているようで体調の不快さがなくなっていった。だから柘榴の季節が大好きだった。

柘榴の実は外皮を破ると一粒が 人の歯くらいの大きさしかない
歯のような一粒の周りに桃色の果肉が少し付いていて それをこそぐように食べる。
グロテスクなようにも思えるが
本当に美しい色。

もぐもぐ もぐもぐ食べる。

祖母が言う。
あんまり食べると鬼子母神さまが
怒るんやけえ 少しだけにしておきなさい と。

わたしは こんなにたわわに実ったたくさんの柘榴は全部鬼子母神さまのものか?と羨ましく思ったが
子を食らわぬようになり 改心した鬼神が 唯一与えられた食べ物が柘榴だったなんて知らないほど 子どもだったんだ。

時が経ち 大人になり 柘榴は何処かの小学校の校庭に移植され
古い家も建て変えられ 優しかった
祖母ももういない。
わたしは 幸い鬼子母神さまに叱られることなく無事今を生きている。

時折 思う。
柘榴は 鬼子母神さまに下された木の実。
鬼子母神さまは 何にも食べられなくて弱り切ったわたしを見て 自らの食べ物を分けてくれたのじゃないかと。鬼子母神さまは改心して母と子を守る神になったのだから。

今も 柘榴の季節になると
家々の庭にある柘榴を見て懐かしく
想い わたしの家の柘榴が殊更大きかったことに改めて気づく。
そうして思い出す。
あの音…

熱に浮かされた夜明け方 樹齢100年を越える枝のあちこちに実った柘榴が パカンと裂ける音。子どもの頭程の実…。パカンと外皮がひび割れる音…。

さあ 熟れた 食べ頃だ 新しい命をお食べ…お前の命を紡ぐよう…
お前の命の 消さぬよう…

柘榴は子守唄を歌う…。


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