曳野孝先生のご遺稿

京都大学の伊藤智明先生より、曳野先生の遺稿が掲載された書籍が出版されたとのご連絡をいただきました。こちらです。

曳野孝(2023)「ビジネスエシックスとCSR・CSV・ESG、次は何か」幸田博人・柴崎健編著『現代ビジネスエシックスと企業価値向上』きんざい。

「はじめに」にて述べられているように、みずほ証券寄付講座の講義の記録となります。講義のシラバスはこちら。(シラバス更新のため、おそらく年度には閲覧不可になりそう)

曳野先生のご担当はふたつのようです。
第2回「企業の収益性と社会性の両立を求めて」
第6回「「企業の社会的責任と企業統治」」

本書について触れる前に、過去を振り返ろうと思います。

曳野先生は、「ビジネス・エシックス」をご担当される以前は、2011年頃から経営管理大学院にて「Governance, Risk Management and Compliance」を単独担当にて開講されていました。

Governanceが先行しているように、所有構造と経営者がもたらす諸問題に関心を寄せていらっしゃいました。これは、チャンドラーの研究との文脈にて、曳野先生が重大な研究課題であるとご認識されていたものです。わかりやすいものは、Big Business本の単著であるこちらや、チャンドラー追悼論考にて示されています。

そのようにガバナンスまわりに関心を寄せながらも、ガバナンスそれ自身について問うというよりも、やはり戦略であったり競争力との関連で研究をされていました。このあたりを踏まえて、講義でも常に「ふたりのマイケル」を象徴させていました。もちろん、ポーターとジェンセンです。戦略とガバナンス。
このあたりの研究成果は書籍や論文のカタチでまとめられています。

ここまではガバナンスについて触れてきました。残されたのは、リスクマネジメントとコンプライアンス。

とはいえ、リスクマネジメントやコンプライアンスについて直接的に講義をされていたかというと、必ずしも明瞭な記憶と記録はありません。

エンロンについて映画を視聴して、コンプライアンスやビジネスモデルについて考えたり、羅生門を視聴して情報の非対称性と統治構造について考えたりしました。

講義の後半は受講生の研究成果を報告してもらう場を設けていたので、そのためにリスクマネジメントやコンプライアンスについて十分に取り上げられなかったのかもしれません。

そして、受講生の研究成果を報告する段にて、毎年CSR関連の修士論文構想が報告されていました。毎年異なる角度からCSRについて報告されるわけです。

曳野先生はよく「よぉわからへん」とつぶやきながら最初にナカゾノにコメントをさせるようなカタチで報告会を回していました。
(ナカゾノがなんやかんやいうのはいつものことですから省略)
曳野先生は(ナカゾノに気を使ってか)金井一頼先生の戦略的社会性について触れたりポーターのCSVの難しさを語っていました。その文脈で、Berkshire Hathawayの事例を紹介してくださいます。すなわち、事業をどのように評価して経営するのかという経営スタイルによって、収益性を高めることが出来るというものです。結局、CSRという言葉、CSVという言葉、それらが指すものがあろうとも、競争力を持つことが欠かせない。そのようなコメントです。

ここで、ようやく冒頭の書籍の話題に入ります。
「ビジネスエシックスとCSR・CSV・ESG、次は何か」についてです。

書籍の内容は、シラバス的には第6回の内容から第2回の内容に進むようなカタチで書かれているように読めます。
企業統治から社会性に向かう流れです。

本論がアダムスミスから始まるのも実に曳野先生的だと思いました。ピン工場の様子から、規模の経済とマネジメントの意義について解説されるのが経営戦略論での流れでした。それが本書では『道徳感情論』からです。

続いてジェンセンの議論からエージェンシー理論の解説に移り、CSRとCSVへと進みます。
曳野先生の経営戦略の講義のように、基本的なミクロ経済の考え方に基づいて社会性の問題を解説されています。

章のタイトルにある「次は何か」という話に移るか移らないかという段にてディスカッションに進むような構成です。
まさにこの「次は何か」について、曳野先生がどのようなご意見をお持ちであったのかを伺いたかったのが悔やまれます。

ということで、講義の思い出と合わせて遺稿の内容を少しだけ紹介させていただきました。詳しくはぜひお買い求めください。章末には曳野先生の業績一覧も掲載されております。なお、業績一覧提供者の能力不足により、下記bookchapterが抜けております。大変申し訳ございません。

Hikino, T., & A. M. Amsden (2004) Entrepreneurship in Late Developing Countries: What is Unique about East Asia? In Corbetta, G., Huse, M., & Ravasi D. (Eds.) Crossroads of Entrepreneurship (pp.209-224). Kluwer Academic Publishers..


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