「経営学研究における研究書出版の意義」のお話
本ってなんかよいですよねということについて、少しだけ考えてみたことの記録です。
「若手研究者による著書出版のセッション」の開催
この会を企画したことが、今回のきっかけでした。完全に終わった件ですが、下記のようなイベントです。
木川先生は日本ベンチャー学会第9回清成忠男賞 書籍部門受賞、岩尾先生は組織学会第37回組織学会高宮賞 著書部門受賞という素晴らしすぎる成果を上げており、例年であれば表彰式が終わった後にお祝いイベントがあったと思うのです。しかしながら、学会自体がオンライン開催ということもあり、お祝いと受賞にともなう諸々のお話を伺うことができませんでした。それならば機会を創ればよい!!ということで企画したのでした。
経営学領域における論文化の傾向
研究書を出版することが研究業績上きわめて重要であり出版市場環境が良好であるならば、研究書を出版することを第一義的に目指すことが望ましいでしょう。ところが、そうではないようです。
隣接分野の経済学ではしばらく前からそうだと思うのですが、経営学領域でも「ジャーナル」の重要性が急速に増しつつあります。
図4はイギリスのケースですが、ジャーナル論文が増加していることがわかります。佐藤(2017)ではジャーナル論文が増加しているのは、国の業績評価に適応するためではないかと示唆しています。
たしかに大学に勤めていると、認証評価だとか大学ランキングだとかの話が小耳に入ることはしばしばあります。
経営学領域に限らず、論文の数が評価にかかわるポイントとして、たとえば科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では研究活動のベンチマーキング調査として「論文数」を国際比較の対象としていたりします。
ミーム化した「狭隘拘泥」
学術成果の「論文化」によって生じる可能性があるものとして、佐藤(2017)は研究内容の狭隘化を指摘しています。
この「狭隘化」は、日本学術会議主催のフォーラムでもテーマとなりました。
このフォーラム「研究者の研究業績はどのように評価されるべきか―経営学における若手研究者の育成と関連して―」の開催趣旨を引用します。
ここで示された「狭隘な研究対象に拘泥する」というのは、しばらくの間Twitterでミーム化しました。
若手研究者にとっては、自身の生存戦略として、評価されるものを書くことが極めて重要になります。しかしながら、そのうえで研究者として「おもしろい」研究をしたいよなあという欲もあるわけです。
そんなことを思っていたタイミングで『組織科学』誌にて素敵な特集があり、後に白桃書房より出版されました。
なんとか「狭隘拘泥」せずに論文化の流れに乗り生存戦略しましょうという道が残されているようです。良い論文を書く、書きましょう!
「論文化」プロセスの研究書出版への適応可能性
あれ?結局論文を書いていればよくて研究書はもう必要ない方向にあるの?となってきました。
でもたぶんそうじゃない。
「質の高い研究書」として研究成果をまとめることは意義があるはず。先の「質の高い研究論文の書き方」から発展させて「質の高い研究書」を。
永崎先生のブログ記事「著書・共著書は業績であり続けられるのか」では、次のような主張があります
「ジャーナル論文」志向の延長線上として研究書の査読というのは一定程度意味があると思われます。ただ、分量的に博士論文の審査と同じような負担があるような気がするのでなかなか引き受け手が見つからないということになりそうな気もします。
ここでもう一度経営学領域だからこそという点を考えてみます。
経営学領域だからこその研究書出版
経営学領域はビジネス現場と比較的近いところにあり、(ビッグヒットを狙えるという意味での)商業出版との相性も良いと思われます。
研究書を出版する際にも、想定する読者層が関連研究者以外にあるのかどうかは重要な点です。そりゃあそうです、出版は営利活動ですので。
それでは研究書をビジネスパーソンに向けに完全書き換えすべきかというと、そうすると研究書から離れてしまい一般書のような風味になってしまいます。それこそ業績評価上の価値は低下しそうです。きっとビジネスパーソン向けの「絶妙なチューニング」があるはずです。
この「絶妙なチューニング」をするためには、ビジネスパーソンとの対話がきっと必要で、そのようなビジネスパーソンとの対話の機会を得るためには出版は重要な接点になります。
あれ?研究書の「絶妙なチューニング」をするためには、ビジネスパーソンとのかかわりが必要で、ビジネスパーソンとのかかわりを持つには出版経験が必要で???
きっとこの壁を超えるためには、SNSでの呼びかけであったりリアルフレンドにお願いしたりすることが必要なのだろうと思います。
同時に、経営学の社会に対するアウトリーチも必要に思えます。小手先のテクニックももちろん重要ですが、それだけではなく経営学をどのように役に立たせることができるのかのアウトリーチです。
たとえば日本経済学会では公式イベントとして経済学のアウトリーチをしていたり、行動経済学領域では有志がイベントをしていたりします。
経営学の研究書の読者層を掘り越して経営学を役に立たせるための方向性の一つとして、経営アカデミーでの野中郁次郎先生と沼上幹先生の対談を引用します。
両先生がご指摘している3点は超重要で、それらを得るにあたって研究書は有益なはずですが、いかんせん距離が遠いのです。その溝を埋める努力をしていくことが経営学領域における研究書の意義のひとつになっていくのだろうと思います。
東京大学の佐倉統先生は「研究業績とは何(であるべき)か?」という論文にて次のように指摘しています。
研究書というのは、やはり論文とは立ち位置が異なり、異なる意義を持つはずです。若手研究者の生存戦略として、論文と研究書への資源配分は難しいものであることには変わりないわけですが、こんなことまで考えてみたのだから良い研究書を書きたいわねえとなっています。がんばります、がんばりましょう!
いただいたサポートは研究室の学生向けに活用します。学生の研究用書籍や研究旅費の足しにすることになると思います。