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人を殺すな

 自分の部屋で文男はTVを観ていた。仕事を定年退職してから、自分でも呆れるほどTVばかり観ている。大半はつまらない番組だが、今観ている番組はひど過ぎた。人がなぜ憂鬱になるのか、色々と学説やら脳のメカニズムがどうのこうのとお笑いコメンテーターがくっちゃべる内容に、文男は頭にきて物に当たり散らしたくなる。イライラを我慢しながら、TVを観ている。
 文男は今年ついに70歳だ。特に、感慨はない。
 おもむろに立ち上がり、TVを持ち上げると、開いた窓から放り捨てた。
 本当は女房を捨てたいのだが、TVを捨てた。そして座り直し、テーブルの上のミカンを、しょっぱそうな顔で食べ始めた。
 窓の外を見ると、あたたかな風が顔を撫ぜて、飛行機が見えた。飛行機は墜落した。
「………ニュースを見たいけど、TVは捨ててしまったから、もう見られない。やはり、TVじゃなくて女房を捨てるべきだったか」
 文男は茶をすすった。なぜだか、幸せな気分になり、実際に後半生は幸せだった。

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