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図面(ショートショート)

 彼は小さな木戸を開けて、生え揃ったばかりの芝生の上に立った。革靴の底に、柔らかく沈む感覚を覚える。芝は五月の陽を浴びて葉をあちこちに反射させ、彼の目を眩く射った。
 目が慣れてから、ぐるっと周りを見渡した。彼の背より少し高い生垣で囲まれている。広さは、サッカーのスタジアムより少し小さいくらいか。ここを花で埋めたいというのが、持ち主の依頼だった。持ち主の正体は知らされていない。ただ、彼に要望がつきつけられ、彼は意に沿ったというだけだ。 
 彼は木陰の下に座り、風呂敷のような包みを開けた。柔らかい布が、芝の上でふわりと揺れる。がっしりとした厚みのある紙が現れる。そこには、四角い図形があった。生垣に囲まれたこの場所の大きさが書いてある。どんな花を、どのように植えるか。上着のポケットに入れてある鉛筆で、デッサンをしていく。花の種類、植える高さ、花の咲く時期、そして花を愛でる小道。それらを描いていくと、四角い図形の上下左右にデッサンが広がり、サイコロの展開図のようになった。まだ、まだ何かが足りない。彼は鉛筆を放り出した。芝の上に鉛筆が転がっていった。
 ここまで書いて、老作家はペンを置いた。いくつもの物語の図を描き、作品を書いていった。風呂敷を広げるように、世界が広げられたらいいのに。ペンの傍には古びたサイコロが静かにたたずんでいた。

(564文字)


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