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漫才台本「板バサミはつらいよ」

夢路いとし「今日大阪からここへ来る途中の列車の中で、喧嘩を見ましてね」
喜味こいし「列車の中で喧嘩と」
い「どちらも白い服、白いシャツ、白い靴を履いた、恐そうなお兄さんや」
こ「白い服、白いシャツ、白い靴て、なんやカモメの水夫さんみたいなお兄さんやな」
い「けど、波にチャプチャプは浮かんでなかったで」
こ「わかっとるわい!」
い「その喧嘩の原因が、なんと、トイレに行く時、肩がちょっと触れたいうだけや」
こ「大の男の喧嘩の原因がそんなことかいな」
い「私は『お前たち、大の男が情けないと思わんのかバカモノー!』と」
こ「言うたんかい?」
い「言いたい気持ちをグッとこらえて思いました」
こ「何を?」
い「ここでそれを言うて、怪我でもさせられて病院へ運ばれて、漫才が出来んようになったら、せっかく待って頂いてる大島町の皆様に申し訳ない、と」
こ「……ほんまにそこまで思たんかい!?」
い「思いましたよ、私の体なんかどうなってもいい。ただただ、大島町の皆様の事ばかりを思い、言いたい気持ちをグッとこらえまして」
こ「……そうと違ごて、言うのが恐ろしかったんやろ!」
い「またその喧嘩が、いつまでもひつこくやってるねん」
こ「喧嘩のひつこいのいややねぇ」
い「私は思わず『いつまでやっとるんじゃ、ええ加減にせんか!バカモノー!』と」
こ「言うたんかい?」
い「言いたい気持ちをグッとこらえまして…ああ、私は大島町で漫才をしなければいけない体なのだ。こらえなくてはいけない」
こ「……あのな」
い「その喧嘩ひつこいだけと違ごて、大声でやり合うから、周りの人がえらい迷惑でね」
こ「そら迷惑や」
い「私は今度はほんまに言いましたよ『バカモノー!やめんか!』」
こ「ホー、それを二人の前で?」
い「いや、隣の車両のトイレの中で」
こ「二人の前で言わな、何の効果もあらへんやないか」
い「言いたいのを我慢したんや…私の体は自分だけの体やない、大島町の皆様が待つ体なんだ」
こ「それはもうええちゅうねん!まあしかし、他人の喧嘩に下手に口出して怪我でもさせられたらたまらんわな、仲裁者が被害にあうケースて多いがな」
い「けど、そうは思うものの、喧嘩や揉め事の仲裁をせなあかん時て、私にはいろいろありましてね」
こ「というと?」
い「というのは私、二十年前から、町内の自治会の役員をやってまして」
こ「役員というと?」
い「カンボウ長官をやってまして」
こ「……町内の自治会の役職に、カンボウ長官なんてあるの!?」
い「最初は相談役という名前やったんやけど、町内に感冒が流行した時に、病院へ送り回ったりして、私大活躍しまして、それでカンボウ長官になりまして」
こ「カンボウいうのは風邪の感冒かい!」
い「そういう世話好きやから、町内の連中が、よう揉め事とか喧嘩を持ち込んで来ましてね」
こ「どんな揉め事や喧嘩が多い?」
い「一番多いのが夫婦の揉め事ね、別れるのどうのというの多いで」
こ「そういう時は、その夫婦に君はどう言うの?」
い「『別れたらいかん。こいっさんとこの夫婦を見てみ、あの夫婦でさえ四十年間夫婦をやり続けてるんやで、あの夫婦が別れてんのに、あんたとこが別れてどないするの』」
こ「……それどういう意味やねん!?」
い「で、相談に来た夫婦に、この前私が君とこの家庭を撮影したビデオテープを見せるねん」
こ「うちの家庭を撮ったテープを?」
い「そら、君との嫁はんがアップで映るシーンなんか、思わず全身の身の毛がよだつよ」
こ「なんでやねん!」
い「君の顔がアップになった時かて、ビデオを見てた夫婦の奥さんの方が、キャーって悲鳴をあげたで」
こ「なんで私の顔のアップで悲鳴をあげられないといかんねん!」
い「テープを見終わった夫婦は必ず言いますね」
こ「どう?」
い「『私たちが間違ってました。世の中の夫婦には、下には下があるものですね』」
こ「ちょっと待てや!この前君がうちの家庭を撮影したビデオは、うちのなごやかな家庭風景ばっかりやったはずやで」
い「そら、あのままやったら、なごやかな家庭風景やけど、私かて面白味を出す為に、いろいろと手を加えて編集してるがな」
こ「どう、手を加えて編集してるて?」
い「奥さんが台所で料理を作る前に、笑いながら包丁を研いでるシーンを撮らせてもらたわな」
こ「撮った撮った」
い「あのシーンでは、笑い声を別に付け足しましてね」
こ「どんな笑い声を?」
い「イッヒッヒッヒッヒッヒッ!」
こ「……イッヒッヒッヒッ笑いながら包丁研いでたら、まるでうちの嫁はん鬼ババやないか!」
い「その後、家族がなごやかに食事をしてるとこを撮ったわな」
こ「そうそう」
い「あの食事シーンを抜きまして、その代わりに、君が横になって寝てるシーンを入れまして」
こ「私が横になって寝てるシーン」
い「ただ寝てるだけでは面白ないので、特殊技術を使いまして、包丁が胸に刺さって寝てるようにしまして」
こ「なんで私が包丁で刺されないかんねん!」
い「その後、霊柩車が走るシーンを入れまして、霊場のシーンを入れまして、生命保険会社の看板を入れまして」
こ「入れるなそんなもん!」
い「その後に、君とこの嫁はんが、札束を一生懸命数えてるシーンを入れまして」
こ「うちの嫁はんが札束を数えてるシーンて、君、うちの嫁はんが札束を数えてるとこなんか、あの時撮影したか?」
い「したがな、私のポケットがふくらんでることに君とこの奥さんが気づいて、そのふくらみは一万円札の札束やって、それを奥さんが数えさせてくれ言うて数えたがな」
こ「……好きに言うとれ!」
い「君とこの嫁はんが、イッヒッヒッヒ笑いながら包丁を研ぐシーン。次に、君が横たわっていて胸に包丁が刺さってるシーン、霊柩車が走るシーン、霊場のシーン、保険会社の看板、奥さんが札束を数えるシーン。このビデオを見た人は、君とこの夫婦をどう思う、和気あいあいの夫婦やと思うか」
こ「誰が思うかい!恐ろしい夫婦やと思うわ」
い「そやから、世の中には下には下の夫婦があるなあと、反応する訳や」
こ「しかし、そんな無茶苦茶な編集したビデオを人に見せられたんでは、うちの家族の立場が無いがな」
い「でもテープの最後に、君とこの家族全員が揃って笑いながらVサインしてるシーンを入れてるで」
こ「フンフンそのシーン撮った撮った。私もいっしょにVサインしてるねん」
い「特殊技術で、君が映ってるとこだけはボヤかして誰やわからんようにしまして」
こ「アホな!」
い「君なんかでも、人の揉め事や喧嘩に関わりたくなくても、かかわらざるをえん時が必ず来るよ」
こ「というと?」
い「君とこの一人息子、もうそろそろ嫁はんをもらわないかん年齢やろ」
こ「今捜してるとこや」
い「嫁さんが来たら、まず、嫁姑の争いが起こりますよ。ほな君は好む好まざるに関わらず、仲裁に立たなあかんということになるがな」
こ「そう言えば、君とこの嫁はんと息子の嫁の仲も、えげつないらしいねぇ」
い「そんあことありませんよ。嫁はんも息子の嫁もおとなしい人で、お互いにいたわり合ってますよ」
こ「ウソ!おとなしい性格でお互いにいたわりあってる同士が、屋根瓦めくって投げ合いするか?私見たで」
い「見たか?ほな、包丁の投げ合いは?」
こ「それは見とらん」
い「そら、えげつないですよ」
こ「そやのに、なんで君、お互いにいたわり合うてるなんて言うの?」
い「他人には、嫁姑が仲良ういってるように言わな、私、嫁はんにも息子の嫁にも、ご飯作ってもらえへんねん」
こ「情けないな!」
い「君かて、いずれは嫁姑の喧嘩の板バサミにならないかん運命や」
こ「そうかなぁ」
い「そんなもん、あの気のきつい君の嫁はんや。で、あの息子やろ、ロクな嫁はん来るわけないがな」
こ「ほっとけ人のこと!」
い(嫁になって)「『お父さん、ねぇお父さん、聞いて下さい』」
こ「……なんや?」
い「私、君の息子の嫁の役やってんねや」
こ「息子の嫁を?」
い「『ねぇお父さん聞いて下さいよ』」
こ「『何や?』」
い「『お母さんたら、私に『腐ったおかずばっかり私は食べさせられてる』なんて怒るんですよ』」
こ「『あいつまたそんなこと言うてるんか』」
い「『私、お母さんのおかずだけは絶対に気つこてるはずなんです。お父さん』」
こ「『わかっとるわかっとる』」
い「『すこしでもお母さんのおかずに腐りかけてるのが見つかれば、私は必ずお父さんのおかずに回してるんですお父さん』」
こ「『回すなそんなもん!』」
い「『この前、お母さんが廊下ですべって転んだことあったでしょ』」
こ「『あったあった』」
い「『お母さんは、私が廊下に油を塗ったなんて怒るんです』」
こ「『そんなことを嫁のあんたに!?』」
い「『ひどいでしょ、私、油なんか塗った覚えないんですよ』」
こ「『わかっとるわかっとる』」
い「『私、ロウしか塗ってないんです』」
こ「『塗るな!』」
い「『でも、私なにも、お母さんを転ばそ思ったんじゃないんです』」
こ「『わかってる、あんなにそんな悪気のないことはよう知ってる』」
い「『私、お母さんよりお父さんの転ぶ姿の方が好きなんです』」
こ「『わしを転ばそ思て塗ったんか!それは嫁としてはだね…』」
い「『あなた!あなた!聞いてよあなた!』」
こ「『あっ嫁はんか、何や一体?』」
い「『嫁の幸子さんが『お風呂が沸きました』言うから、入ろとしたら、お湯が煮えたぎってるのよ』」
こ「『それは酷いなぁ』」
い「『私、幸子さんに言ってやったの』」
こ「『どう?』」
い「『『幸子さん、お風呂というのは、一番最初にすすめるのは、私じゃなくて、うちの主人でしょ』』」
こ「『……なんで煮えたぎった風呂の時だけ、私が先にすすめられないかんねん!』」
い「『でもあなた、幸子さんは、我が家の嫁としては、出来が悪すぎると思いませんか』」
こ「『まぁ、そういわれれば、出来は悪いかもね』」
い「『……ひどいわお父さん!私の出来が悪いてあんまりだわ!』」
こ「『……幸子さんまだここにおったんかいな。ごめんごめん、本心はあんたのことを出来が悪いなんて思てへんよ。あのおばはんうるさいから、口裏を合わせただけ』」
い「『あなた、口裏を合わせただけだなんて、それはあんまりだわ!』」
こ「『……わかってるわかってる、わしは常にお前の味方や』」
い「『それはあんまりだわお父さん!』」
こ「『まあまあ幸子さん気を落ち着けて』」
い「『ひどいわ、あなたぁ!』」
こ「『やかましいわ!両方からヤイヤイ言われたら、私は板バサミになるだけで、どうやってええねやわからへんやないか』」
い「『すみませんあなた……幸子さんも謝りなさい』『どうして私が謝らないかんのですか』『まぁ、あなた、嫁のくせに姑の私にたてつくの』『姑が何よ、姑は嫁のなれの果てよ』『まあ酷いことを…あなた何とか言ってやって』『お父さん助けて!』」
こ「『ええ加減にせい!』……しかし、君も一人で、嫁と姑の二役をようやるなぁ」
い「しょうがないがな、私一人しかおらんのやから」
こ「『まあとにかく、嫁と姑がいつもいがみ合ってるのではなく、お互いの意見も合わさないかん』」
い「『あなた、私と嫁の幸子さんと意見が合うところもあるのよ』」
こ「『ほー、そら結構やないか、それで、そんなことで意見が合うの?』」
い「『この家は、二世帯の家族が住むには余りにも狭いこと』」
こ「『……まぁ確かに狭いわな。で、他に意見が合うたことは?』」
い「『家の狭い原因は、あなたの甲斐性が無かったということ』」
こ「『しょうもないことで意見を合わすな!』」
い「『あと一つ、幸子さんと意見が合ったことがあるのよ』」
こ「『で、それは?』」
い「『この家を広くする為に、あなたに出て行ってもらうこと』」
こ「ええ加減にせい!」

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