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漫才台本「初恋の人に会いたい」

前田五郎「奈良県の五条市へ参りました」
坂田利夫「五条と言えば、若い頃を思い出しますねえ」
ま「若い頃、五条に住んでたんか?」
さ「五条やないけど、五条に近いとこに住んでましてね」
ま「五条に近いとこ言うと?」
さ「大阪で四畳半のアパートに住んでましてね」
ま「どこが近いねん!」
さ「実は今日ここに来る時、五条の街を歩いてたら、五、六人の女子高生のグループと出会いましてね」
ま「その女子高生に『アホの坂田や、アホの坂田や』言われて、石投げられたんやろ」
さ「アホなこと言うな、女子高生のアイドルの私が、石を投げられる訳ないやろ『あら、坂田のとっちゃんよ、かっわいい』や」
ま「ほんまかいな!」
さ「そのグループの中の、一人の女の子を見て、わしゃびっくりしたね」
ま「なんで?」
さ「私の初恋の人にそっくりそのまま生き写しや」
ま「えっ、君の初恋の相手て、イノシシのメスと違ごたんかい」
さ「アホなこと言うな、人間の女性ですよ」
ま「その女の子って、そんなに君の初恋の人に似てたんか?」
さ「似てた似てた、懐かしさの余り、思わずその子を抱きしめたがな」
ま「チカンと間違われるぞ!」
さ「私の初恋の人は、山田ミヨさんと言いましてね」
ま「ミヨさんか」
さ「可愛い子やったねぇ」
ま「どういう風に可愛いねや?」
さ「『みよちゃん』いう歌あるやろ」
ま「『みよちゃん』」
さ「その『みよちゃん』の歌そのままの感じや」
ま「♪僕の可愛い みよちゃんは 色が白くて小っちゃくて♪」
さ「そうそう」
ま「♪前髪たらした 可愛い子♪」
さ「そこだけが違うねん」
ま「そこだけ言うと?」
さ「前髪はたらしてへんねん、当時前髪たらしてたんは、このわしや」
ま「……今はたらす前髪一本も無いな」
さ「ほっとけ!」
ま「で、みよちゃんは、前髪をたらさずに何をたらしてたんや?」
さ「よだれと鼻水」
ま「アホの女か!」
さ「お前が『何をたらしてたんや?』て聞くから、つい乗って言うてしもたんやないか」
ま「普通乗って『よだれと鼻水』なんて言うか?」
さ「君の嫁さんも若い頃、前髪をたらしてたね」
ま「たらしてました」
さ「今、何をたらしてるの?」
ま「おっぱい……いや、あのな」
さ「見てみい、乗せられたら、自然と言うてしまうやろ」
ま「で、君はその初恋の女のことを、今ではどう思てるの?」
さ「締めた扉に指を挟まれた心境や」
ま「はあ?締めた扉に指を挟まれた心境?」
さ「あいたー!あいたいー!」
ま「もってまわった言い方するな!」
さ「初恋の人に会いたいのよー、僕ちゃん」
ま「会わん方がええの違うか」
さ「なんで?」
ま「人というのは、年月が経つと変わるから、会うたらがっかりするだけやで」
さ「そんなに年月が経つと変わるか?」
ま「変わるねぇ、若い頃、磨き上げた金のような輝きを持つ女性がいたんや」
さ「磨きあげた金のような女性」
ま「その女にこの前会うて、びっくりしたね」
さ「変わってましたか」
ま「金は金でも、菅井きんのような女性になってたがな」
さ「えらい変わり方やな!」
ま「若い頃、肌がきれいで、すっぴん美人とと言われてた女性がいたんや、それが今では変わってしもてね」
さ「すっぴん美人がどう変わったんや?」
ま「スッポン女に変わってたがな」
さ「……どんな女やスッポン女て!」
ま「顔かたちだけと違ごて、年月が経つと心まで変わるからね」
さ「心まで」
ま「若い頃、優しくて思いやりのある、天使のような女性がいたんや」
さ「天使のような女性」
ま「それが、この前会うたら、天使の上に”ぺ”の字が付いた女に変わってたがな」
さ「天使の上にぺの字?」
ま「ペテンのような女や」
さ「えらい変わり方やな!」
ま「そやから、君も初恋の人には会わん方がええねん、会うたらガッカリするだけやから」
さ「それでも会いたいのよ、私は彼女と約束をしてますからね」
ま「ホー、どんな約束を?」
さ「私と彼女は、高校時代の同級生でしてね、卒業式の日に私は彼女に打ちあけたんや」
ま「卒業式の日に?」
さ「『ミヨさん、僕は君に言いたかったんだよ』『あら、なにかしら利夫さん』……何をぼーっと立っとんねん、君は卒業式の雰囲気を出す為に、歌を唄とてくれんかい」
ま「あっ、卒業式の雰囲気を出す為の歌をね」
さ「『ミヨさん……』」
ま「♪アタマの光 窓の雪♪」(坂田の頭を見ながら)
さ「ホタルの光や!」
ま(ホタルの光を唄う)
さ「『僕は君の事が、好きで好きでたまらなかったんだよ』『嬉しい、私もよ利夫さん』『ミヨさん、君はこの学校で一番美人だよ』『あら利夫さんだって、学校で一番のハンサムボーイよ』」
ま「……君とこの学校は、ブサイクな男だらけか!」
さ「『ミヨさん、ぼくは君の事ばかりを毎日思い詰めていたんだよ』『利夫さん、私だって毎晩あなたの夢を見ていたのよ』」
ま「夢でうなされてたんやろなぁ」
さ「うるさいな!横から口出しせんと、君は卒業式の雰囲気を出してくれてたらええねん」
ま「お線香は三列に並んで順序良くお願いしまーす」
さ「そら葬式や」
ま「♪仰げば尊し 我が師の恩 ルールールルー♪」
さ「あとの歌詞知らんのかい!……『ミヨさん』『なんでござりまするか、利夫さん』」
ま「ござりまするかて!」
さ「『五年後の今日、どこかで会いませんか、その時僕はお金を貯めて、君に結婚を申し込むよ』『嬉しいわ利夫さん、五年後にきっとよ、会う場所はどこかしら?』『そうだね、そこの公園のトイレの裏のゴミ箱の前で会いましょう』」
ま「もうちょっとマシなとこで会え!」
さ「初恋の人とは、そういう約束をしてたんや」
ま「で、五年後に会うたんかい?」
さ「会える訳が無いやろ、五年後言うたら、君と漫才コンビを組んですぐや、金なんか貯まってないがな」
ま「彼女は会いに来てたかもわからんのになぁ」
さ「やっと、なんとか生活できるようになって、彼女を捜したけど、消息が全く分からへんねや」
ま「君にはそういう過去があったんか」
さ「今ここで初めて打ち明けますが、私が今まで結婚しなかったのは、その初恋の人が忘れられなかったからでんねん」
ま「坂田、純情なとこあるやないかい、ドジョウみたいな顔してるけど」
さ「……この前も、一緒に仕事をした仲間由紀恵に惚れられたけど、断りました。『由紀恵、オイラに惚れちゃいけねぇよ』」
ま「……何が仲間由紀恵に惚れられたや、惚れられたんは、仲間は仲間でも、アホ仲間の山田花子やないか」
さ「何とか初恋の人、山田ミヨさんを捜す方法無いやろか」
ま「こういうのはやっぱり、プロの探偵に頼むのが一番違うか」
さ「ホー、探偵といえば、私、すごく上手い探偵を知ってますわ」
ま「調査が上手いんやな?」
さ「いや歌が……いつも唄とてますわ♪ぼ、ぼ、僕らは少年探偵団♪」
ま「頼りない探偵やな!」
さ「よっしゃ、探偵に頼みましょ」
ま(探偵になって)「坂田さん喜んでください、あなたの初恋の女性の山田ミヨさんの消息が分かりましたよ」
さ「えっ、分かりましたか!?」
ま「はい、一生懸命調査した結果、やっと分かりました」
さ「アーリガートサーン!」
ま(調査報告書を読む格好)「ミヨさんは卒業式の五年後、あなたと約束した場所へ、ちゃんと行かれてますね」
さ「約束の場所へ来てましたか」
ま「あなたの姿が見えなかった為、彼女は失意の余り、旅に出て、旅先でどぼーん!と飛び込まれました」
さ「えっ!旅先でどぼーんと!?……海ですか?川ですか?池ですか?」
ま「温泉です」
さ「湯につかっただけの事やないか!」
ま「それから一年間、彼女はあなたの事を思い出しては、泣き続けていたそうですよ」
さ「色男はつらいのう」
ま「ヤカンを見てはあなたの事を思い出しては泣き、茶瓶を見てはあなたの事を思い出しては泣き、土瓶を見てはあなたの事を思い出しては泣いておられたそうですよ」
さ「……もうちょっと違うもんで、わしのことを思い出せんのか!」
ま「そして二年後、彼女の人生に大きな転機が訪れました」
さ「どんな事が訪れたんや?」
ま「それは…………つづく」
さ「なんやその『つづく』て?」
ま「前もって頂いていた調査費用での報告はここまでですので、この後の分を聞きたかったら、費用の追加をお願いします」
さ「途中まで聞いてやめられへんがな」(ポケットから千円札を出し)「ほなこの千円払うから続けて」
ま「ありがとうございます……その二年後、彼女は結婚されました」
さ「えっ、別の男と結婚を!?」
ま「はい、結婚して、山田ミヨから山本ミヨさんに変わられました」
さ「山本さんと結婚したわけか」
ま「そしてその後、田中ミヨさんに変わられました」
さ「どういうことでんねんそれ?」
ま「山本さんと離婚されて、田中さんと再婚されたんですよ」
さ「なるほど」
ま「その後、離婚結婚を繰り返されて、田中ミヨから石田ミヨ、伊藤ミヨ、木村ミヨ、これをミヨ、あれをミヨ」
さ「なんやその、これを見よあれを見よて?」
ま「これおさんと結婚された後、あれおさんと結婚されているんです」
さ「ようけ結婚したなぁ」
ま「そして、キム・ミヨ……ワン・ミヨ……ミヨ・スティーブンス」
さ「国際結婚もしたんかい!」
ま「ただ、全ての結婚生活が半年と持たなかったんですよ、その原因は、坂田さんあなたにあるんですよ」
さ「と言いますと?」
ま「なぜに結婚が半年と持たなかったかと言うと…………つづく」
さ「また『つづく』か!」
ま「費用をお願いします」
さ「……はい千円」(千円を払う)
ま「……彼女は坂田利夫さん、やっぱりあなたの事が忘れられなかったんでしょうね、夜中につい寝言であなたの事が出てしまう為に、どの結婚もうまくいかなかったみたいですよ」
さ「私の事を寝言でですか?」
ま「この色男!」
さ「まあねぇ」
ま「モテモテ男!」
さ「ドアッハハハッ」
ま「女泣かせ!」
さ「それ程でもねえ」
ま「本気になるな!」(頭を叩く)
さ「で、彼女は、私の事を寝言でどう言うてたんですか」
ま「どう言うてたと思います?」
さ「……ウーンもう利夫さんたら、好きよ利夫さん、大好きよ(大いびき)グァーッ!」
ま「イビキまでいらんねん!そういう感じの寝言やないみたいですね」
さ「ほな、私の事が出てくる寝言て、どんな寝言でっか?」
ま「♪アホ、アホ、アホの坂田♪」
さ「歌の寝言かい!」
ま「彼女もこの十年間は一人暮らしですが、坂田さんのことが忘れられないのでしょうね、いつも『利夫さん、利夫さん』と叫んでいるそうですよ」
さ「やっぱり彼女には、僕が必要なんだよなぁ」
ま「実はその彼女、今日ここへ連れて来てるんですよ」
さ「え?来てるんですか」
ま「会ってみますか?」
さ「はい、是非」
ま「じゃ、連れて参ります」(下手へ行く)
さ「とうとう初恋の人に会う日が来たか……ドキドキするなぁ」
ま(下手より、杖をつき腰を曲げ、ヨボヨボな恰好で)「とーしーおーさーん!」
さ「もうええわ!」

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