漫才台本「食べ物にうるさい男」
坂田利夫「この前君とこの近所の公園のそばを歩いてて感激したね」
前田五郎「何を感激したん?」
さ「七、八人の子供がブランコの取り合いをしてるわけや」
ま「ブランコの取り合い」
さ「ところが一人の子だけが『君たち駄目だよ、ちゃんと順番に並ぼうよ』や」
ま「ホー、立派な子やないか」
さ「その子が君とこの小学三年になる息子や」
ま「そうやないかと思たんや、うちはシツケに厳しいからね」
さ「『並ぶ必要あるか、乗ったもん勝ちじゃ』いう無茶苦茶な子もいてね」
ま「そういうシツケの悪いのもおる」
さ「その子が君とこの五年になる長男や」
ま「同じように育ててもこうなりまんねや」
さ「その長男に私は言うたったがな」
ま「どない?」
さ「『六郎君、そんなことしてたらお父さんに叱られるよ』」
ま「六郎のやつどう答えよった?」
さ「『親父が恐おうて悪事がやれるか』」
ま「ほんまかいな!」
さ「私はその子に言うたったがな」
ま「どう?」
さ「『偉い!よう言うた。その気持ちで家へ帰って、お父さんの貯金通帳と印鑑持ち出してこい』」
ま「アホなことけしかけるな!君は注意してくれないかん立場やろ」
さ「あの子は将来ワルやで」
ま「厳格に育てたつもりやけどね」
さ「君が厳格いうのはわかるよ、頭の型かて、ゲンカク!いう型しとるがな」
ま「ほっとけ!そら皆さん、うちはほんまに厳格に育ててるんですよ」
さ「どう厳格に育ててるいうの?」
ま「例えば食事の時でも、まず、食べる前に手を合わさせる」
さ「これはまあ、シツケの基本ですわ」
ま「食べてる最中でも予告なしに、子供に指さして『君は誰のおかげでこうしてご飯が食べられるんだ!』叫んだるねん」
さ「予告なしに食べてる最中に」
ま「ほな子供はサッと立ち上がって『ハイ!お父さんが働いて稼いでくれるおかげです!』ほな私が『ヨーシ座れ』」
さ「異常な親やなぁ!」」
ま「ほんでちょっとしたら今度は嫁はんが『起立!』いうて号令かけよんねや」
さ「嫁はんがかいな」
ま「ほな全員起立したあと『今日もこうしてご飯が食べられるのも、お百姓さんのおかげです。お百姓さんありがとう』や、ほんで私が『ヨォーシ座れ』」
さ「子供消化不良起こすで!」
ま「世の中に感謝する気持ちと子供の心に植え付けよ思いましてね」
さ「その割には上の息子、全然感謝の気持ち植えついとらんで」
ま「というと?」
さ「この前、私あの子に五百円小遣いやったんや、『ありがとう』とも言いよらん」
ま「そらいかんなぁ」
さ「『坂田のおっちゃんにお金もろたてお母さんに報告してこい』言うても、行こともしよらん」
ま「別にすぐに報告させんでもやで……」
さ「わたしゃ、その子引きずり回して報告させに行ったがな」
ま「君は何を目的で子供に五百円やってくれたんや!」
さ「それにしてもタチの悪い子やねえ『三千円もろたことにしとけよ』そう言うてるのに『五百円もろた』としか報告しよらん。あいつは感謝の気持ちが無さ過ぎるで」
ま「やかましいわ!そんな五百円、親のワシが返したるわ」
さ「シツケの為に、君とこはテレビも子供に余り見せんらしいね」
ま「テレビは一日二時間以内。その代わりお父さんが出てるテレビはちゃんと見る事。こう決めてるね」
さ「ほな、コメディなんかで君がテレビに出る時は、必ず子供はテレビの前に座るわけやな」
ま「テレビ見ながら嫁はんの号令で『今日もこうして生きていけるのも、お父さんがこうして頑張っているおかげです』ほな嫁はんが『ヨォーシ』」
さ「そこまで自分を子供に売り込みたがる親も知らんわ!」
ま「感謝の気持ちを植え付けるシツケや」
さ「コメディなんかで、他の者が何か面白い事をやっても、絶対子供には笑わさんらしいね」
ま「『他人の芸で笑うな!他人がメシ食わしてくれるんか!』いうて、竹刀でバシーッや!」
さ「で、君が面白いことした時は?」
ま「『笑いが足らん!』バシーッ!」
さ「勝手なやっちゃなぁ」
ま「君が画面に出てきたら、家族全員が『アホー、アホー』言いながら、ハエタタキで画面に映った君の顔叩くからね」
さ「……君とこの子供、将来まともな人間に育たんで」
ま「子育ていうのは難しいもんでね、君もはよ結婚して子供を作ってみ」
さ「いや、私は子供いりません」
ま「何いうてるねん。君みたいな人間の子供がいないということは、将来の日本の損失やで」
さ「それはようわかりまんねや」
ま「世の中には立派な人間ばっかりと違ごて、将来の日本にも、馬鹿にされながら生きていく人間もおらんことにはいかんねや」
さ「それどういう意味や!?」
ま「君は結婚に対して臆病すぎるで」
さ「それはあるかもわからん」
ま「思いきってやってみ、精神的なつながりさえあれば、結婚をできない体でもうまいこといくて」
さ「アホなこと言うな!」
ま「結婚せいて」
さ「それはわかる、君だけと違ごて、皆さんもさぞかし私の結婚を待ち望んでおられることはよくわかります」
ま「別に待ち望んでへんけどな」
さ「でも私という人間は、非常にむつかしい性格の男でして」
ま「性格がむつかしいとは思わんけどなぁ。むつかしいのは結婚だけや」
さ「私、舞台ではアホなことやってますが、普段は完璧主義者でして」
ま「完璧主義者!?」
さ「そう、この男の頭は絶壁主義者でして……」
ま「ほっとけ!」
さ「その為、私は皆から『完璧の母』と呼ばれておりまして」
ま「誰が完璧の母や!君は『完璧のパー』て呼ばれとんねや」
さ「とにかく、私は舞台とは正反対に、普段はキチッとしすぎ」
ま「そうは思わんけどなぁ」
さ「寝る時でも、ネクタイを締めなよう寝ん性格でして」
ま「そういう性格とは知らなんだ」
さ「下着も一日に五回は変えないかん性格でして」
ま「一日に下着を五回も!?」
さ「着て二時間もするともう変えたなる。着たのを脱いで置いて、新しいのを着る、また二時間経ったら、着たのを脱いで、脱いで置いていたのを着る。また二時間経ったら、脱いで、脱いで置いていたのを着る」
ま「二種類を交互に着とるだけや!」
さ「それに私は、自分で言うたことに対して、ケチをつけられることが嫌いな男でして」
ま「というと?」
さ「例えば私が豆腐を見て『豆腐は黒い』て言いますね」
ま「豆腐は黒いと」
さ「それをもし嫁はんが『あなた豆腐は黒と違ごて白よ』なんてケチつけたら腹立ちまんねん」
ま「それはケチと違うで」
さ「けど腹立ちまんねん『俺は弁護士だ!』と言うて、嫁はんが『いえあなたは漫才師よ』と言うとしますやろ、また腹立ちまんねん」
ま「勝手な性格やなぁ」
さ「『俺はブサイクな男だ』と言いまっしゃろ、それを嫁はんが『いいえあなたは日本一のいい男よ』て言うたとしまっしゃろ。喜びまんねん」
ま「……ほんま勝手な男やなぁ!」
さ「その上に私は食べ物に、すごくうるさい」
ま「何が食べ物にうるさいや。食べ物にうるさい人間が、インスタントラーメン鍋で作って、鍋のままラーメン食べたりするか」
さ「いつ私が鍋のままラーメン食べた。ちゃんと移して食べますよ」
ま「丼鉢にかい?」
さ「洗面器に……食べ物は器で食べさせると言いまして」
ま「鍋のまま食べた方がましや!そんな男のどこが食べ物にうるさいねん」
さ「私は外食が多い」
ま「安い物ばかり食堂で食べてるそうやないか」
さ「安い物でも、食べる時の気持ちはいつも豪華」
ま「というと?」
さ「冷奴を食べる時でも、注文する時は絶対に冷奴とは言わん」
ま「どう言うの?」
さ「『ちょっとすんまへん。豆腐の生造りちょうだい』」
ま「冷奴が豆腐の生造りかい」
さ「メザシちょうだいとも絶対言わん」
ま「メザシのことは?」
さ「『乾燥イワシの姿焼きちょうだい』」
ま「姿焼きて……」
さ「言葉を変えるだけでも、精神的に豪華に食べられる」
ま「ほな、モヤシ炒め頼むときは?」
さ「『モヤシのステーキね』」
ま「古漬け頼むときは?」
さ「『おっちゃん、フルコースお願いね』」
ま「古漬けがフルコースかい!」
さ「こういう私だけに、嫁はんになろうという人かて、余程料理に自信のある人やないと駄目」
ま「けど、君にとっては、『おふくろの味』みたいなものを作ってくれる人やったらええのやろ」
さ「『おふくろの味』?」
ま「そう、これは男にとって一番の味」
さ「お前、うちのおふくろ、どんだけ味付け下手か知っとんのかい」
ま「……味付け下手?」
さ「うちの親父の顔歪んでるの、おふくろの料理を我慢して食べ続けたからやぞ」
ま「知らんがなそんなこと!」
さ「もし私が嫁はんもろたら、そら食べ物にはうるさいでっせ」
ま(女性になって)「あなた、さあご飯が炊けたわよ」
さ「ご飯……何で炊いたんや?」
ま「電気釜ですけど」
さ「五郎子、あんたは本当のご飯の味を知らんね。電気釜では駄目」
ま「じゃ、今度からガス釜で」
さ「薪で炊きなさい」
ま「でも、うちには薪を燃やす場所なんてありません」
さ「前田五郎の家燃やして、その上に窯置いてこんかい」
ま「アホな!あなた味噌汁できましたわ」
さ「味噌汁の具はなんや」
ま「お豆腐よ」
さ「お前はアホか。わしの頭見てみい、豆腐を食べた方が髪の毛にええか、ワカメを食べた方がええか常識でわかるやろ」
ま「すみません、すぐにワカメと入れ替えます」
さ「で、味噌汁の味噌はどんなん使ことんねん」
ま「はい、スーパーで買ってきた袋入りのですけど」
さ「情けないことするなよ、味噌ぐらい家で作ったのを使え」
ま「味噌を家で作るんですか」
さ「昔はみな家で作ってたんや。ソラ豆を潰して混ぜて水で溶いてダンゴにしたらすぐ出来るやろ」
ま「出来るかいな!ほんまうるさいおっさんやなぁ」
さ「おい、この味噌汁の味はなんや、出汁は何でとっとんねや」
ま「袋に入った化学調味料で」
さ「バカモノー!本物の出汁ちゅうもんわな、グラグラ煮え立ったところへポーンと化学調味料やない出汁の素になるもんを入れるのや」
ま「そんなポンポンポンポン怒らんでもいいでしょ、ほなちゃんとあんたの言われる通り作りますから、先に風呂へ入っててちょうだい」
さ「よっしゃ、ほな風呂入ってくる」
ま「風呂、グラグラ煮え立ってるけどポーンと入ってね」
さ「グラグラ煮え立ってる?」
ま「わたしゃこうなったら、あんたから出汁とるで」
さ「そんなアホな!これやからわたしゃ結婚しまへんで」
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