漫才台本「男の中の男」
西川きよし「こうやって舞台に立つたびに思い出されるのが、我々が初めて舞台に立った時の事やね」
横山やすし「思い出すねぇ」
き「むちゃくちゃにあがりましてね」
や「蚊取り線香の連続でっせ」
き「何やそれ?」
や「キンチョーの連続でっせ」
き「しょうもないこと言うな!」
や「とにかく、足がガクガクや」
き「汗がダラダラや」
や「小便がジャージャーや」
き「汚いな!」
や「漫才に限らず、初めての時いうのはあがるもんやね」
き「お相撲さんなんかでも、新弟子になって初めて土俵に上がる時は緊張するらしいね」
や「そら初体験は緊張するがな……お互い裸同士や」
き「聞くもんに錯覚を起こすような表現すな!」
や「相撲の話ですからね」
き「朝汐なんかでも、幕下の付け出しで初土俵を踏んだでしょ」
や「その時は長岡いう名前でね」
き「あの時、私も見てたんやけど、緊張してたなぁ、長岡」
や「どういうふうに?」
き「長岡が土俵に上がった時、思わず目を伏せたがな」
や「どうして」
き「ふんどしを締めるのを忘れて土俵に上がってまんねん」
や「ほんまかいな!」
き「審判の親方が慌てて呼び戻したものの、代わりのふんどし辺りにあらへん」
や「あのな……」
き「しょうがないから、呼び出しに墨で体にふんどしの絵書いてもろて土俵に上がっとったがな」
や「嘘つけ!」
き「なんの世界でも、はじめは誰でも一生懸命やるもんや」
や「やるがな」
き「ところが、何かの拍子にちょっと人気が出ると、もうおごりが出まんねん、怖いことでっせ」
や「その点、君はおごりというものを出したことがないから立派や」
き「いやいや……」
や「人にオゴらせてばっかりや」
き「おごりの意味が違うわ」
や「おごりはいけません」
き「おごりの影には落とし穴があることを忘れたらいかん」
や「落とし穴」
き「必ずこれがある」
や「実はうちの家にも落とし穴があってな」
き「家に落とし穴が?」
や「うちの家にコソ泥が忍び込むわな」
き「コソ泥が」
や「ほなその落とし穴の底へドーン、そこを私が上から覗いて『ハッハッハッ、バカめー』紐をシュー」(吊り下がっている紐を引く動作)「水がザザザザー『死ねー!』……これをいっぺんやりたいねん」
き「過剰防衛で捕まるわ!私の言う落とし穴はその落とし穴やない」
や「それはわかってるわいな」
き「男の落とし穴と言うと、酒、女、ギャンブルや、気をつけないかん」
や「言うとる君、最近、酒に溺れてるというがな」
き「アホな、私は神経質なぐらい体に気をつけてる男ですよ」
や「分かってるよそれは」
き「その私がなんで酒に溺れるねん」
や「けど、最近そこら中のスナックにボトル置いてるいう噂やないか」
き「あれみんな養命酒や」
や「……楽しいんかい。養命酒飲みながらカラオケ唄とて」
き「それより君はギャンブルには気をつけないかん。君はクセが悪いから」
や「言うときますけど、やり続けてきた競馬、競輪、競艇。私は先月できっぱりやめました」
き「先月できっぱりやめたやて」
や「今月からは新たな気分でボートレースも加えて取り組んでるがな」
き「勝手にせい!」
や「しかし君みたいに何があかん、これがあかん言うてたら、進歩がなくなるよ進歩が」
き「そやから、そうならんように、常に目標を持つわけや」
や「目標とね」
き「我々でも、最初の目標は初舞台に立つことやった」
や「そうそう」
き「次の目標はテレビに出ることやった」
や「その次の目標は、裁判を体で体験することやった」
き「そら君だけの目標や」
や「これからも、我々は目標を持たないかん」
き「わかってきたようやな」
や「モクヒョウがあればこそ、金曜土曜があるんだ」
き「そら木曜や!」
や「いや、次の我々の目標は、やすきよ、歌謡界に進出いうの」
き「それはすでに失敗しとるやないか『やすしの○○○』レコードが35枚売れただけや」
や「やすきよ、文芸界に進出いうのは?」
き「君の『○○○』本屋さんに山積みになって残ってるやないか」
や「……ほな、横山やすし、政界に進出いうのはどや」
き「君が政界になあ……政界いうより妖界に進出したらどうや」
や「アホな!……私が政界に進出して、ノックさんと、政界の横山コンビ組んでみ、話題になるで」
き「君とノックさんが?どう見ても、横山コンビやなしにヨコシマコンビやで」
や「……私が政界に進出したとしたら、証人喚問なんか自信を持ってやれるね」
き「証人喚問ね」
や「この前の野党の証人喚問は生ぬるすぎるよ。私にやらせてみい」
き「どうなる?」
や(机を叩く格好)「ドーン!嘘をつくな嘘を!ごまかそ思てもあかんねん。やったんわかっとんねや。な、あっさりと履いて楽になろうや、な、違うか?……どやねん!」
き「さすが取り調べの体験が生かされてるわ」
や「ええねんそれは!」
き「しかし、大きな目標を持つということは、決して悪いことではないね」
や「そらそうやがな」
き「うちの兄弟でも、兄貴が天下を取る目標を持ってるやろ」
や「天下を取る」
き「次の兄貴が政界の黒幕になる目標や」
や「君の兄弟、誇大妄想狂違うんか!」
き「ところが、みんな目標にええ線まで近づいてるがな」
や「と言うと、天下を取るいう上の兄貴は?」
き「天下はまだ取れんけど、昨日、天ぷら屋から天かすとって捕まったがな。ええ線行ってる」
や「どこがええ線やねん!」
き「政界の黒幕になる言う次の兄貴がまたええ線や」
や「黒幕になったんかい?」
き「クロマクはまだやけど、ロクマクでこの前入院しよった。ええ線や」
や「ええことあれへんちゅうねや!」
き「君の言うように、制限されて型にはまってしまうよりも、男やったら、ある程度、型破りなこともせないかんね」
や「やりましたがな。私しゃ昨日型破りをやったで」
き「どんな型破りや?」
や「道歩いてたんや、ほな電信柱から釘が出てるねん。それに服をひっかけてビリーッ」(肩をだし)「えらいカタ破りや」
き「あっちゃ行け!」
や「君は型の破れん男やろ」
き「それを言う前に、私の顔をよく見なさい」
や「何が?」
き「人間の目の型いうのは」(指で目の形を作り)「この程度のもんや」
や「まーな」
き(目を大きく開き)「すでに型破りしとるやないか」
や「そんな型破りあかんねん、生活の上の型破り出来るんかい」
き「私かて、男の勝負時やと思う時には、酒も飲み、金を出しますよ」
や「それが何が型破りや……わたしゃ、ここが男の勝負時やと金がいる時には、嫁はん売るで」
き「……あのな、嫁はん売るて、あの嫁はん買い手なんかあるかい」
や「……そらうちの嫁はんは、外人さんと違うから高うでは売れへんよ」
き「うちのは外人やから珍しさで引く手あまた……ほっとけうちのことは」
や「うちの嫁はんなんか、いつも私に言うてくれまんねや」
き「何と?」
や「『お父ちゃん、あんたが男としてどうしてもお金いる時は、私を売ってね。私、吉原でもどこの岡場所でも行くわ、二十両にはなるはずよ!』」
き「時代劇の見すぎや、君とこの嫁はん!」
や「時代感覚はズレてても、そんなこと言うてくれるだけでも、嬉しいやないか!」
き「これ、本気で嫁はんが言うてると思てるのん?」
や「本気に決まっとるがな」
き「本気で言うとる人間が保険会社へ『えーちょっと、生命保険て、本人が自殺しても殺されても貰えるの?ネーネー!』こんなこと聞きに回るか?」
や「それはまた別や……君とこの嫁はんは、うちの嫁はんみたいにしおらしいことを言わんやろ」
き「ところが昨日『あんたの為なら私、どこへ売られてもかまわないわ』とこれやで」
や「ヘレンさんやるがな」
き「わたしゃ涙が出たね」
や「それを言われると、実際男として、余計そんなことができるもんと違うわな」
き「そうやから私は嫁はんの手をしっかり握って言うたがな」
や「どう?」
き「『ヘレン……今、香港からええ話が来とるんやけどな』」
や「アホなアホな、私よりずっと恐い男や」
き「しかし、お互い嫁はんにそんなこと言うてもらえるいうのは、男として魅力があるからやで」
や「嫁はんなんかに、魅力ある思てもろてもしゃあない」
き「と言うと?」
や「わたしゃ女にも男にも惚れられるような男になりたい」
き(女ぽく)「惚れてるわよやすしさーん!
や「そんなん違うねん!」
き「つまり、男の中の男になりたいいうねやろ」
や「そう……君は今までに『うーん、こいつは男だ』いうような男に会うたことあるか?」
き「あるがな、君とこの嫁はんに始めて会うた時や、私しゃ『こいつは男だ!』と思たで」
や「アホな!」
き「君はこれこそ男の中の男というのに出会うたことはあるか?」
や「あるがな、あれはまだ、私がガード下で靴磨きをしてた頃や」
き「君が靴磨きを?」
や「♪赤い夕日がガードを染めて、ビルの向こうに沈んだら♪ネーおじちゃん靴磨かせてよ!」
き「靴磨きやってたとはなあ」
や「その時や、町の不良が現われて『おいこら、ワレ、どこで商売さらしとんねん、ショバ代出さんかいショバ代!』」
き「君、こういうのやらせたらうまいな」
や「道具はたたき壊されるわ、売り上げは持っていかれるわで、泣いてたことあるねん」
き「気の毒に」
や「その時、後ろからポーンと私の肩を叩いて『坊や、泣くんじゃないよ』言うて、私の手に千円札握らせてくれた男の人がいてな」
き「千円札を」
や「その男の人はそのまま、夕日のかなたへ去っていったがな。私しゃその時、この人こそ男の中の男やと思たね」
き「そういう経験なら私もある」
や「どんな経験や?」
き「私が子供の頃、母と二人で家にいた時、強盗が入ってな」
や「強盗が?」
き「その時。男の人が現れて。強盗をやっつけてくれたんや」
や「男の人が強盗をかい」
き「その人『坊主また会おう』言うて、そのまま馬に乗って夕日の彼方へ去っていったがな。私は馬を追いかけて何回も叫んだね『シェーン!シェーン!』」
や「古い西部劇や!」
き「あの人こそ、男の中の男やね」
や「そやそや、私が卵売りをしていた頃や」
き「靴磨きの次は卵売りかい」
や「♪コッコッコッコッコケッコー私はミネソタのタマゴ売り♪」
き「なんちゅう歌や!」
や「そこへ街の不良が現れてな」
き「またかいな」
や「『ヨー、わりゃ、どこで商売さらしとんねや、なめとったらあかんぞわりゃー!』」
き「迫力満点やなァ」
や「卵をみんな割られて泣いているところへ、私の肩をポーンと叩く男の人がいて『坊主泣くな』言うて、私に千円握らせてくれたね。あの人こそ男の中の男やで」
き「君は金さえ握らせてもらえたら、男の中の男や思てしまうんやろ」
や「アホなこと言うな」
き「こうなったら私も負けへんぞ」
や「どうや言うねん」
き「私がマッチ売りの少女をやっていた頃や」
や「待て待て!マッチ売りの少女て、君は男やろ」
き「男やけど、少女の姿をしてた方が、マッチよう売れたんや」
や「で、どやねん」
き「そこへ町の不良が現われてな」
や「『ヨー、わりゃー、どこでマッチ売ってるねん!』」
き「人の話の中にまで登場すな!」
や「マッチ箱バラバラにされたわけやな」
き「そうや、私が泣いていると、マッチ箱の中からマッチ棒が飛び出して、そのマッチ棒が私の肩をポーンと叩いてね」
や「……ちょっとマッチーな」
き「そのマッチ棒が『坊や、泣くんじゃない』言うて、私に千円握らせてくれて、そのまま夕日の彼方に去っていったがな。私はあれこそ、マッチの中のマッチ!」
や「ええかげんにせいよ、マッチ棒がそんなことするわけないやろ」
き「やったんやから」
や「それなら私かて言おうやないか」
き「もうええもうええ!君の話は嘘に決まってる」
や「嘘つくかいな、嘘や言うのやったら、私の話を聞いてからにせい」
き「嘘ちゃうの?」
や「当たり前や、私は嘘をつかん」
き「どんな話や?」
や「あれは私が白雪姫やってた頃」
き「もうええわ!」
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