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漫才台本「見かけによらない仕事」

前田五郎「将棋の羽生名人て若いのにすごいでんな、七冠ですよ」
坂田利夫「えらい話題になってまんな」
ま「羽生てそらすごい頭してるのやろと思うけど、頭は羽生より坂田の方が上でっせ」
さ「……嬉しいこと言うてくれるがな」
ま「羽生は七冠の頭やけど、坂田の頭はその上のヤカン」
さ「どついたろか!」
ま「羽生みたいな立派な男には、またええ女の子が付くね」
さ「あのかわいい畠田理恵ちゃんが嫁はんになりまんねん」
ま「羽生の嫁はんハタダ……坂田の嫁はんマダダ」
さ「ほっといてくれ!」
ま「それにしても羽生はすごい」
さ「余りハブハブ言うな、ハブがどやちゅうねん。私は近所ではどない言われとるか知っとんのかい」
ま「近所ではどない言われてるの?」
さ「マングース坂田」
ま「……お前がマングースみたいな素早い人間か!マングース違ごて、近所ではマンネンドコ坂田て言われてまんねん」
さ「嫁はんおらんから、布団いつも敷き放し……やかましいわ!」
ま「しかし、理恵ちゃんもこれからは勝負師の妻として大変やろね」
さ「そやから私はこの前言うてやったがな」
ま「なにを?」
さ「『理恵、俺に構わず、勝負師の妻として生きるんだ!惚れた男のことなんかもう忘れちまいなよ』」(口笛)
ま「誰か大阪府警の射撃隊呼んでもらえませんか」
さ「アホな!」
ま「しかし、将棋に限らず、男が勝負にかけてる時の姿て、男が見ても『ええなぁ』と思うのやから、女が見たら惚れるの当たり前やろね」
さ「なんやて、男が勝負にかけてる時の姿に女が惚れるてかい?」
ま「惚れるのは間違いない」
さ「おい五郎!」
ま「はぁ?」
さ「わしとここで勝負しよやないか」
ま「……ここで勝負を?」
さ「ほな会場の女が皆なわしに」(会場を見渡し)「惚れられても、どうしょうもないのが多いでんな」
ま「いらんこと言うな!」
さ「とにかく勝負しよやないか」
ま「どうしても、会場の皆さんに勝負師としての君の男らしさを見せたいわけやな」
さ(ポケットに手を入れ)「♪背中で吠えてる 唐獅子牡丹♪」
ま「歌はええねん!」
さ「ほな男と男の命をかけた勝負や!」
ま「受けよやないか、で、何で勝負をするちゅうねん」
さ「将棋の勝負は時間がかかるし、やというて、ドスとドスで渡り合うたんでは世間に申し訳ない」
ま「……よっしゃ、ほな、ジャンケンでいこか」
さ「……情けないこと言うな!男と男が命をかけた勝負をしよ言うてるのに、ジャンケンは無いやろ」
ま「それもそうやな」
さ「あっちゃ向いてホイでいこやないかい」
ま「もうええわ!しかし、羽生名人いうのは、見た感じは、全く勝負師という感じはしませんね」
さ「言えてるね」
ま「勝負師というより、コンピュータ技師いう感じやがな」
さ「そういうことてようあるがな」
ま「というと?」
さ「私かて漫才師いう感じせんやろ、見た感じは弁護士やろ」
ま「どこがやねん」
さ「君かて漫才師いう感じせんがな」
ま「よう言われるね」
さ「見た感じ、詐欺師やないか」
ま「誰がやねん!そこで私が言いたいことは、人は見かけだけではわからん、ということやねん」
さ「ほんまでっせ、皆さんも、人を見かけだけで判断しなはんなや」
ま(坂田を見ながら)「見かけはアホそのものでも、頭の悪い男かていてまんねんで」
さ「……どっちに転んでも一緒やないかい!」
ま「ほんま、人を見かけで判断したらいけませんよ」
さ「見かけは前田五郎でも、心はネズミ男みたいなんもいてまんねん」
ま「……モロに名前を出したら、私そのものを言うてるみたいに聞こえるやないか!」
さ「そのものを言うとんねや」
ま「人は見かけによらんいうことで、君は何か体験あるか?」
さ「あるがな、この前、身長が二メートル、体重が二百キロぐらいあろうかという男に会うたんや」
ま「大きいなあ」
さ「私はプロレスラーかなんかやろなと思たんや、ところが人は見かけによらんもんやね」
ま「何やったんや?」
さ「競馬の騎手」
ま「嘘つけ!二百キロの男が乗って走ったら、馬死んでしまうわ!」
さ「君にはそういう経験は?」
ま「あるがな、この前、ええ服着て、ブランド物をいっぱい身に着けて歩いてた中年の女性がいたから、どこのええとこの奥さんかな、思てたら、人は見かけによらんわ」
さ「というと?」
ま「人に足を踏まれたとたん『わりゃどこ見て歩いてけつかるんじゃ!気をつけさらせ!』や、人は見かけによらんねぇ」
さ「そう言えば、この前、ものすごい格好ええ、誰が見ても惚れ惚れする男に会うたことあるねん。俳優さんかなと思たがな、けど、人は見かけによらんね」
ま「何やったんや」
さ「私が鏡に映ってまんねん」
ま「なめとんのかい!」
さ「冗談やがな」
ま「そう言えば、この前、いかつい顔してサングラスかけて、柄の悪そうな兄ちゃんがいてましてん」
さ「お前が鏡に映っとったんかい」
ま「違うがな、私はこれはきっと恐いとこのお兄さんやろと思たけど、人は見かけによらんねぇ」
さ「というと?」
ま「その兄ちゃん、他の人の足を踏んだとたん」(女ぽく)「『アラー、ごめんあそばせ』」
さ「……そう言えば、この前、汚い顔した柄の悪そうな男が酔っ払ろうて道路で大の字になって寝てまんねや」
ま「わー、嫌やなぁ」
さ「大酒飲みのオッサンやろ思たんやけど、人は見かけによらんねぇ」
ま「誰やったんや?」
さ「君とこの嫁はんや」
ま「アホな!」
さ「皆さん、実は私も見かけによらん男でっせ」
ま「というと?」
さ「私を漫才しかできん男と思てまっしゃろ、ところが私は将来漫才とは全然別の仕事しよ思てまんねん」
ま「ホー、確かにこれは見かけによらんわ」
さ「そやから、このごろ、職業関係の相談所へよう相談に行ってまんねん」
ま「ほんま、見かけによらんなぁ」
さ「『私ちょっと相談に来ましてん』」
ま「『オー、これはこれは、漫才師のアホの坂田はんでんがな』」
さ「『……あんたから、アホの坂田言われた無いわ!』」
ま「『坂田利夫さんが、うちへどういう相談に?』」
さ「『私、今は漫才をしてますけど、もうすぐ定年でんねん』」
ま「『へー、漫才師にも定年なんてありましたんか?』」
さ「『サラリーマンみたいに、何才になったら定年やいうのはおまへんけど、漫才いうのは、相方が死んだら定年でんがな』」
ま「……ほな、私はもうすぐ死ぬんかい!」
さ「『そこで、私には漫才以外にどういう職業に向いてるのかを調べてもらお思て、相談に来ましたんや』」
ま「『調べてあげましょ』」
さ「『お願いします』」
ま「『では、ここに将棋の駒がありますね』」
さ「『私、将棋棋士は向いてまへん、羽生名人みたいに頭ええこと無い』」
ま「『将棋棋士に向いてるかどうかを調べるの違いますがな』」
さ「『ほな、この将棋の駒をどないしまんねや?』」
ま「『全部で四十個ありますから、これをまず皆な飲み込んでください』」
さ「『将棋の駒を飲み込みまんの!?』」
ま「『そして私が『それでは王将を出してください』と言いましたら、腹をポンと一回叩いて、駒を一つ出してみてください、見事王将が出て来たら、あんたは人間ポンプとして生きていけます』」
さ「『いらんわ!そんな芸を売り物にする職業は、今の漫才師で沢山でんねや』」
ま「『あんた芸を売り物にしてますか?アホを売り物にしてるだけでんがな』」
さ「『うるさいわ!とにかく、もっと一般的な職業で、私に向いたのを調べてほしおまんねや』」
ま「『わかりました。ではここにそろばんがありますね』」
さ「『そろばんは一般的な職業で使いまんな、で、このそろばんを?』」
ま「『飲み込んでもらえますか?』」
さ「『飲み込めるかい!』」
ま「『ほんまに飲み込むの違いまんがな、そろばんの呑み込みが早いかどうかを調べまんねや』」
さ「『なるほど、そういう意味の飲み込みでっかいな、つまり、私がそろばんを入れたらいいんですね』」
ま「『そうそう、では私が読み上げ算をやりますから、そろばんを入れてみてください』」
さ「『わかりました』」(そろばんを入れる構え)
ま「『願いましては、穴の空いた鍋なーり、腐った肉なーり』」
さ「『なんでんねんそれ?』」
ま「『穴の空いた鍋はニエン、腐った肉はクエン……つまり、あんたのそろばんの腕と一緒に、とんち能力も調べてまんねや』」
さ「『なるほど、ほな、まず(そろばんを入れる格好)二円と九円でんな』」
ま「『坂田利夫の髪の毛なーり』」
さ「『私の髪の毛?』」
ま「『もうハエン、八円や』」
さ「『……八円でんな』」
ま「『坂田利夫の結婚について、全く無いものなーり』」
さ「『なんやそれは!?』」
ま「『君は結婚にゴエンは全く無いやろ、五円入れんかい』」
さ「『五円』」
ま「『坂田利夫の頭脳なーり』」
さ「『私の頭脳……なるほど、十分に脳みそが詰まってるから、十円やな』」
ま「『違う違う!君の頭脳はサエンやろ、三円入れんかい』」
さ「『ええ加減にせい!こんなんで、向いてる職業が調べられるわけがないでしょ』」
ま「『ところで、坂田さんは英語の方はどの程度できますか?』」
さ「『英語ならかなり出来ますが』」
ま「『かなり出来ますか?』」
さ「『イエス、アイドゥー!』」
ま「『……人は見かけによらんもんですねぇ』」
さ「『オー、アイハブ、ミーカケ、シーカケ、ゴーカケ』」
ま「『なんやそれ!英語が出来るということは、おたく、外人さんの観光ガイドに向いているということになりますよ』」
さ「『嬉しいなぁ、実は私、漫才やめたらなりたかったんだ、観光ガイド嬢に』」
ま「『ガイド嬢て!ガイド嬢いというのは女性ですよ』」
さ「『なりたかったんだ、観光ガイド男(だん)に』」
ま「『観光ガイドでええねん!』」
さ「『それも外人さん相手とは嬉しいやないか』」
ま「『まず、案内してもらう為に、外人さんがやってきます』」
さ「『ハウドゥーユードゥー?』」
ま「『そして、外人さんはまずガイドさんにチップをくれます』」
さ「『アーリガートサーン!』」
ま「『日本語やそれは!……そして君は海遊館へと案内して、ラッコは見ずにサメのいる方へと歩いて行きます』」
さ「『オゥ、ラッコはだめよ、あんたはジョーズ』」
ま「『なんやそら!やっぱりあんた、外人さんの観光ガイドも向いてまへんわ』」
さ「『ほな私、どんな職業に向いてまんねん、早いとこ調べてえな』」
ま「『ほな、あなたの特技などをまずお聞きしましょ』」
さ「『私の特技でっか?そろばん三段、簿記一級、書道が五段で、ワープロ名人。他には、経理の資格がありまして、看護婦免許を去年とりました』」
ま「『……わかりました。坂田利夫に向いた職業がやっと見つかりました』」
さ「『その職業は?』」
ま「『山伏』」
さ「『山伏?なんで?』」
ま「『ホラを吹くのがうまい』」
さ「もうええわ!」

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