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漫才台本「影響されやすい人々」

今いくよ「いらっしゃいませ、いくよくるよです」
今くるよ「どうもどうも」(元気よく)「皆さん聞いて下さい。私、今悩んでるんです。それもものすごく悩んでるんです」
い「くるよちゃんが悩んでるて?」
く(一層元気に)「悩んでる悩んでる、悩んでまっせ!!」
い「……悩んでるにしては、えらい元気過ぎるがな!」
く「そこらが私らの仕事のつらい所やないの、笑いを売る者が『悩んでます』いう顔で舞台に出て仕事になるか?」
い「そらそうですね。私らて、どんなつらいことがあっても、舞台では元気よく笑顔を振りまかないかん商売ですねん」
く「でしょう、私は父が亡くなった時でも、笑顔を振りまいてましたよ」
い「芸人根性で笑顔を振りまけたわけやね」
く「保険金が入ってきたんです」
い「……なんちゅう娘や!」
く「でも、今日は芸人根性で、笑顔を振りまいてるんですよ」
い「で、今、くるよちゃんは何を悩んでるいうの?」
く「私って、どうしてこんなに人より太目なんでしょう」
い「……そんなこと、今さら悩むことか!?」
く「他にも悩みあるのよ」
い「他にというと?」
く「実は今住んでるマンションのことで悩んでますねん」
い「なんであのマンションで悩まないかんのよ。くるよちゃんにとって、あんな恵まれた環境のマンションはないのよ」
く「そう?」
い「マンションの下には、たこ焼き屋はあるし、うどん屋はあるし、めし屋はあるし、ラーメン屋では豚まんかて売ってるのよ」
く「……私は食べるだけの人間か?」
い「くるよちゃんが一生を過ごす為には、もってこいの環境のマンションでもあるし」
く「私が一生をすごす為に?」
い「マンションのすぐ向かいに、保健所もあるし、その横が病院やし」
く「これは助かりますわ」
い「病院の横にはちゃんとお寺もあるし……その横にちゃんと墓場まであるのよ」
く「……あのね、私は別にマンションの周囲の環境で悩んでるとは言うてへんのよ」
い「ほなマンションの中のことで悩んでるわけかいな?」
く「そうですねん。というのは、マンションの住人が、私以外は殆どが新婚さんばっかりやねん」
い「それがなんで悩みになるの?」
く「朝なんかたまりませんよ。会社へ夫を送り出す新婚さんが、あっちでチューチュー、こっちでチューチューですからね」
い「しょうがないわな。相手は新婚さんばっかりなんやから」
く「隣の新婚さんなんか、『愛してるよ』言うておでこにチュー」
い「『愛してるよ』言うてチュー」
く「『行ってきます』言うてチュー、『行ってらっしゃい』言うてチュー、『さらば妻よ』言うてチュー、『早く帰ってね』言うてチュー、『出かけます』言うてチュー、『バイバイ』言うてチュー、『ほなねー』言うてチュー」
い「会社いけへんがな!」
く「『おみやげ買ってきてね』言うてチュー、『チューチュータコかいな』言うてチュー」
い「なんやそれ!」
く「私あんなんよう見ませんわ」
い「見てるから言えるんや!」
く「私、あれ見ると、朝からヤケ酒が飲みたなりますねん」
い「気持ちはわかるけどね。で、ヤケ酒て、どんなお酒飲むの?」
く「チューハイに決まってるでしょう」
い「くるよちゃんも新婚さんに負けんように、チューしてくれる相手、誰か探さんかいな」
く「そんなこと言うても、マンションには、独身の男性なんて一人もいませんがな」
い「いてはるやないの、管理人のオッチャンが。あのオッチャンに、チューをお願いせんかいな」
く「……あのね、あのオッチャン、今トシ六十八歳よ?頭ツルツルに禿げてるのよ」
い「その気にはなれんか?」
く「お願いしたけど断られたのよ!」
い「情けないな!」
く「私、あんなマンションよう住みませんわ」
い「そんなことでよう住まんて、くるよちゃんは、まわりに影響されすぎよ」
く「そやろか?」
い「チューチュー聞こえてきても、気にせずに、ネズミがあちこちで泣いてるね、ぐらいに思ときゃいいのよ」
く「ネズミて……」
い「本当くるよちゃんて、子供の頃から、なんにでも影響されてしまう性格やったんですよ」
く「そういうとこは有りました」
い「京都生まれのくるよちゃんは、七歳の時、舞妓さんを見て、その跡をついて行ったことあったんです」
く「余りきれいやったんで、つい跡について行ってしまいまして」
い「その時、舞妓さんはだらりの帯を締めていて、くるよちゃんは、ダラリの鼻をたらしてたそうです」
く「ダラリの鼻て!七歳やから、鼻ぐらい垂らすわいな。けど、舞妓さんを見て、私は子供ながらに『舞妓さんになりたい』と思いましたねぇ」
い「でしょ。子供の時から影響されやすかったんです。結局、舞妓さんの跡をついて行ったくるよちゃんは、舞妓にならずに迷子になりまして」
く「シャレかいな!」
い「高校生の時には、女優さんになりたいと思たそうやね」
く「そうですねん。当時、新珠三千代さんに憧れて、その影響で女優さんになりたい思いまして」
い「新珠三千代さんと言えば、テレビでは『細うで繁盛記』ヒロインやね」
く「私『太うで繁盛記』のヒロインになれんものかと思いまして」
い「太うでて!」
く「腕の太さには、その頃から自信があったんです。そして、私は、新珠三千代さんみたいな女優さんになりたい。と映画会社へ行きました」
い「ほな映画会社の人は『あらまた来てね』と断ったそうです」
く「……あらまた来てねて……」
い「そのダジャレに影響されて、くるよちゃんはお笑いの世界に入ったんです」
く「……お笑いの世界に入る前に、当時グループサウンズにいた、ショーケンの影響を受けたこともあったのよ」
い「ショーケンの影響というと、歌手になろとしたんかいな」
く「証券会社に入ろとしたのよ」
い「証券会社!?」
く「私商業高校やったでしょ、そろばん三級、簿記二級」
い「そろばん三級、簿記二級」
く「お酒が一級」
い「……高校時代から酒飲んでたんかいな!それにしても、くるよちゃんは、テレビの番組なんかにも、すぐに影響されてしまいましてね」
く「テレビの番組というと?」
い「例えば、宝塚歌劇の中継番組を見たら、必ずテレビの前で同じように踊りますねん」
く(面白く踊る)
い「そらブタの子踊りやがな……宝塚歌劇を見ながら、近所の食堂へ電話で出前を頼むとするでしょ、喋り方が違いますね」
く(宝塚歌劇風の喋りで踊りながら電話をする)「オー!ダルマ定食さん!天丼一丁お願いネー、味噌汁もつけてネー!」
い「これが、相撲中継を見てる時には注文の声も変わっています」
く(相撲の行司風に)「かたや!天ぷらどんぶり!天ぷらどんぶり!」
い「これだけやないんです。温泉巡りの番組なんか見るでしょ。影響されて、くるよちゃんは、テレビの前で裸になりますからね」
く「なるかいな!」
い「テレビショッピングの品物なんかでも、すぐに影響されて、なんでも買ってしまいますねん」
く「一番最初に買うたんが、水の中に顔をつけて顔を洗う美顔器ですねん」
い「あれもすぐに廃れたでしょ」
く「私、一回も使こてませんねん」
い「使おとはしたんですけど、顔が大きすぎて、美顔器の中に顔が入りませんねん」
く「……馬鹿みたいなもんですわ」
い「ぶら下がり健康器も買うたでしょ」
く「あれもブームになりましたからね」
い「一回ぶら下がって、鉄棒が折れ曲がっておしまいですわ」
く「青竹踏み健康器も買いました」
い「踏んだとたん、青竹がつぶれておしまいですわ」
く「つぶれるかいな!」
い「テレビショッピングに必ずあるのが高級羽毛掛布団いうやつですね」
く「またあれ軽いんです」
い「今も何枚もあるのに、コマーシャルに影響されて、テレビショッピングがあるたびに買うてますねん」
く「見てるとどうしても欲しなるのよ」
い「今くるよちゃん、羽毛布団三十八枚重ねて寝てますわ」
く「……買うた限りは、使わなもったいないですからね」
い「それにしても、くるよちゃんはちょっと影響されすぎですよ」
く「人のことを言えるか、いくよちゃんも子供の頃から、影響されやすい性格やったやないの」
い「どこがよ?」
く「昔、チンドン屋さんが、京都の町にもよくやって来たんです」
い「よくやって来たね」
く「チンドン屋さんが来ると、必ず影響されて、いくよちゃんは跡をついて回ってたんですよ」
い「興味があったんです」
く「子供やったいくよちゃんがついて歩くだけならいいんですけど、親兄妹、一族揃ってついて歩いてましたからね」
い「一族揃ってて……」
く「影響されてついて歩きたがりの家系なんでしょうね、いくよちゃんのお姉さんなんか、二十年前に、道で見つけたええ男の跡をついて行ったきり、まだ帰ってきませんねん!」
い「アホな!そこまで言うのなら私かて言うよ」
く「何をよ」
い「くるよちゃんとこの一番上のお姉さんいうのは、歌手の五月みどりさんの大ファンなんです」
く「その五月みどりに影響されて、歌がうまい言いたいのでしょ」
い「そうやないよ」
く「ほな、五月みどりさんに影響されてどうやいうのよ」
い「三回離婚したやないの」
く「……ほな言うけどね、いくよちゃんとこの一番下の妹、スケートの伊藤みどりさんの影響をものすごく受けてるやないの」
い「伊藤みどりさんの影響受けてどうやいうの?」
く「どこの大学受けても、すべってすべってすべりまくってるやないの」
い「……何にも伊藤みどりさんの影響されてすべってる訳やないわいな」
く「頭が悪いだけかいな」
い「ほな言うけどね、くるよちゃんの二番目の姉さんの作る料理、何を作っても、塩っ辛うて食べれたもんと違うやないの」
く「それが誰に影響されてるいうの」
い「されてるやないの」
く「誰の?」
い「力士の水戸泉の……料理作る時、思いっきり塩をつかんで、パッ!」(と塩を投げ入れる格好)「…そやから二番目のお姉さん、顔も水戸泉そのままですねん」
く「ほな言うけどね、いくよちゃんのすぐ下の妹やけどね」
い「その妹がどうやいうの」
く「カールルイスに影響されてね」
い「足が速い言うんかいな?」
く「色が黒いやないの」
い「あれは地黒や!別にカールルイスに影響されてる訳やないわよ、ほな言うけどな、くるよちゃんの兄さん、棒高跳びのブブカにすごく影響されてるよ」
く「棒高跳びのブブカに影響されてどうや言うの?」
い「今、香港へ高飛びしてるやないの」
く「ほな言うけどね、いくよちゃんの兄さん、村山総理にすごく影響されてるやないの」
い「村山総理に影響されて、どうや言うのよ」
く「鼻毛すごく伸びてるやないの」
い「……村山総理が伸びてるのは、鼻毛と違ごて眉毛でしょ」
く「ほな、いくよちゃんの兄さんの鼻毛が伸びてるのは、ズボラなだけか?」
い「そこまで言われたら、私は黙ってへんよ」
く「さっきから喋りまくってるがな」
い「皆さん聞いて下さい、くるよちゃんのお母さんというのは、昔、北海道で見た熊祭りに大変感激したことがあるんです」
く「それがどうしたいうの?」
い「熊祭りの熊に影響されて産んだのが、実はこのくるよちゃんなんです」
く「もうええわ!」

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