漫才台本「花嫁の父」

喜味こいし「君とこの娘、今度結婚するそうやないか」
夢路いとし「ええ、来年早々に式を挙げますよ」
こ「そうか、あの子がもう結婚する年になったか」
い「もう二十二才になりましたからね」
こ「ついこの間まで、誰かお客さんが来ると」（左手を口にくわえ、右手を差し出し）「『おっちゃーん、おみやげ』てやってたと思てたのに、もうそんな年になったか」
い「いや」（右手を口にくわえ、左手を差し出し）「『おっちゃーん、おみやげ』は今でもやってるよ」
こ「させるな！二十二才にもなってるのに！」
い「この頃、式の準備で忙しいてね」
こ「ようけ金いるやろ」
い「いるねぇ」
こ「花嫁衣装も買わないかんしな」
い「いや、花嫁衣装は、貸衣装にしました」
こ「貸衣装、そら経済的でええわ」
い「その点は楽ですわ」
こ「嫁入り道具を買うてやらないかんね」
い「嫁入り道具も、貸道具にしました」
こ「なに、貸道具！？」
い「そう、向こうの家へは一応持って行くけど、一か月後に、道具屋さんが引き取りに行くわけや」
こ「買うてやれや、嫁入り道具くらい！」
い「高いがな買うたら」
こ「結納金はもろたんやろ？」
い「五十万もらいましたよ」
こ「その五十万円を足しにして買うてやれ」
い「あかんあかん、結納金五十万の使い道はもう決まってるがな」
こ「どう決まってるねや？」
い「五十万のうち、二十万は、我が家の来月分の生活費やろ」
こ「来月分の生活費！？」
い「残りの三十万で、うちのトイレ、水洗にしよ思てるねん」
こ「……結納金をそんなものに使こてやるな！その金で、タンスのワンセットも買うてやったらどうやねん」
い「タンスのワンセットもて、タンスワンセット、今、どれぐらいするか知ってるか？八十万はするのやで」
こ「へー、八十万も」
い「その点、水洗やったら三十万で出来るねやで」
こ「水洗にこだわるな！」
い「結婚してからの世帯道具は、親戚とか知り合いなんかから、結婚祝いとしてもらお思とんねや」
こ「なるほど、僕も何か一つ協力させてもらうで」
い「うちの嫁はんの兄さんは、カラーテレビをお祝いにくれるそうや」
こ「カラーテレビ……よし、ほな僕、アンテナをお祝いしよ」
い「アンテナもカラーテレビにはついてるねや！」
こ「あっそうか」
い「僕の妹が、電気冷蔵庫をお祝いにくれるそうや」
こ「電気冷蔵庫……よっしゃ、僕、氷作る皿をお祝いしよ」
い「ついてるねや、それも冷蔵庫に！」
こ「あっそうか」
い「僕の友達の山本君は、食堂五点セットをお祝いにあげるいうてくれてね」
こ「食堂五点セット……」
い「つまようじはちゃんとありますから！」
こ「先に言うな！」
い「君の割り当て分は、前からちゃんと決まってるねや」
こ「ホー、僕の割り当て分はなんや？」
い「実は、テレビと冷蔵庫、食堂五点セットなんかは、お祝いにもらえる予定あるものの、肝心のそれらを入れる家が全然ないんや……ね、わかる？」
こ「……帰らしてもらお」（帰りかける）
い「待て待て！」（こいしを引き寄せ）「どうやろ、すまんけど、３ＬＤＫのマンションお祝いしてやってもらえんか」
こ「アホなこと言うな！１Ｋのアパートに住んでる僕が、どないして３ＬＤＫのマンションお祝いにやれるねん！」
い「しかし、もうすぐ、娘が他の家に行ってしまうとなると、寂しいもんやね」
こ「そら寂しいやろ、君があんだけかわいがってた一人娘やからな」
い「このごろ娘に言うてるねん」
こ「何を？」
い「『いと子、お前、嫁に行く時、お父ちゃんも一緒に連れて行ってくれへんか』」
こ「……それで、娘、どう答えた？」
い「『お父ちゃんが私と一緒に来てしもたら、あとに残された、お母ちゃんやお爺ちゃんやお婆ちゃんはどうするの』とこうや」
こ「それで、君はどう答えたんや？」
い「『お母ちゃんは、隣のおっちゃんに引き受けてもろて、お爺ちゃんやお婆ちゃんは、こいしのおっちゃんに引き受けてもろたらええやないか』」
こ「嫌やで、あんなん僕、よう引き受けんで！」
い「しょうがないから、嫁入り先へ一緒に連れて行ってもらうのは諦めました」
こ「それがええ」
い「そやけど、僕は言うたで」
こ「何を？」
い「『その代わり、新婚旅行だけは一緒に連れて行って、頼むわ』」
こ「アホか！親が娘の新婚旅行について行ってどないするねん」
い「しかし、娘一人で新婚旅行に行かせて、もし、キズものにでもされたらえらいこっちゃがな」
こ「……君は一体何を考えて生きとんねや！」
い（改まって）「もうすぐ、うちの娘がよそへ行ってしまうんやなァ」
こ「結婚式では君、泣くで」
い「泣くかいな」
こ「泣くて」
い「（泣き顔）「泣くかいな」
こ「……」
い「はっきり言って、父親の心情としては、結婚式なんかは来ていらんね」
こ「それが、二十年間かわいがってきた娘との別れの日になるのやもんな」
い（ハンカチを出し）「つらいことや」
こ「しかし、いと子ちゃんの花嫁姿、たぶんきれいやろなァ
♪きんらんどんすの　帯しめながら　花嫁ごりょうは　なぜ泣くのだろ♪」
い「♪ホタルの光　まどの雪♪」
こ「びっくりするやないか！……君は歌わんでええねん！」
い「……」（泣く）
こ「君、結婚式の朝、娘が『お父さん、行って参ります』てあいさつしよったら、どない言うて答える？」
い「『そうか、もう行くか……晩御飯までには帰ってくるんやで』」
こ「アホな！親やったらもっとちゃんとしたあいさつをせい」
い「ちゃんとしたあいさつね」
こ「そうや」
い「……」
こ「何しとんねん」
い（アナウンサー風に）「長らくおまたせしました」
こ「放送やっとんやないねや！
い（泣きながら）「これ、娘や、お父ちゃんは今泣いてるけど、けっして悲しいて泣いてるのやないで」
こ「はい」
い「お父ちゃんが何で泣いてるか言うたらな……お前をここまで育てるまで一千万円以上の金がかかっとんねん。それをわずか五十万でとられるか思うとくやしくてくやしくて」
こ「もうええわ！」