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漫才台本「誉め誉め作戦」

夢路いとし「岐阜県の高富町へやって参りまして、いい所ですね」
喜味こいし「……」
い「落ち着いたいい町やと思いませんか……どないしたん?」
こ「今日は私、あまり喋らんとこ思てますねん」
い「なんで?」
こ「実は今日、大阪からここ来る列車に、女子大生のグループが乗ってまして、そのやかましいこと。私は寝よ思ても全然寝れへん」
い「そないやかましかったん?」
こ「そらベチャクチャとひどいもんや。君良かったね、汽車代浮かすために、大阪から自転車で来て」
い「アホなこと言うな!私は違う列車で来たんや」
こ「喋るということが、どんなに人に迷惑をかけるとかいう事が、初めてわかりましてね。そやから今日は私、あまり喋らんとこ思いましてね、そんなもん喋りませんよ。迷惑やからね。喋らん言うたら喋らんよ、喋らんぞぉ!」
い「……いつもより、ずっとよう喋ってるの違うか!?」
こ「でも、もう喋らん」
い「君、勘違いしてるよ。女子大生が列車の中でペチャクチャと喋るのと、君が舞台で喋るのとは。同じ喋るのでも、全然値打ちが違うねんで」
こ(ニコッとして)「値打ちが?」
い「そらそやがな、女子大生が列車で喋ると、他のお客さんが寝れへんのやで、君が舞台で喋ると、お客さんがよう寝れるんやで、全然値打ちが違うがな」
こ「……それどういう意味や!?ボロクソに言うてるの違うか?」
い「でも、電車とかバスの中のお喋り事を迷惑がらずに、耳を傾けて聞くことも、我々の仕事には大事な事ですよ」
こ「なんで?」
い「そのおしゃべりが、情報の頼朝になることも多いねんで」
こ「情報のヨリトモ?」
い「頼朝やない、義経でもなし……頼朝や義経の苗字なんやった?」
こ「……源かい!」
い「情報の源になるねんで」
こ「なんじゃそら!で、どう情報の源になるいうの?」
い「この前、私が大阪の地下鉄に乗った時や、二人の紳士がお喋りをし始めたんや」
こ「どんな?」
い「『おお、これはこれは鈴木さん』『まあ、山田さんでんがな』」
こ「鈴木さんと山田さんか」
い「『鈴木さん、私さっきミナミの珍来軒いうところで、ラーメンを食べてきましたんや。ほなそのラーメンのうまいことうまいこと』」
こ「ラーメンの話題かいな」
い「うまいラーメンと聞けばたまらんがな。私は耳を傾けて聞いてましたよ」
こ「君はラーメン通やからね」
い「ラーメン通だけ違うで、うどん通でもあり、そば通でもあり。最近は神経痛でもあるねんで」
こ「神経痛は関係ないねん!」
い「とにかく私は麺類が大好きでして」
こ「そんなに麺類が好きか?」
い「そんなもん、私はラーメン、うどん、そばを食べだしたら、食事も忘れてしまう人間やで」
こ「それが食事や!」
い「どっかにうまい緬類がある、なんて聞けば、必ず飛んで行って食べに行く人間やで」
こ「よっぽど好きなんやねえ」
い「この前、舞台の合間に、私ちょっとおらんようになったやろ」
こ「そんなことあったね」
い「あれ、香港へラーメン食べに行っとったんやで」
こ「いけるか!で、その鈴木さんと山田さんが、地下鉄の中で喋ってたラーメンて、どんなラーメンや」
い「まず『見た目がきれい』らしいねん」
こ「そら大事なことや。見た目の汚いのは食う気がせん」
い「『緬にコクがあって、ツユがシコシコしてる』いう話をしてたで」
こ「緬とツユがアベコベや!」
い「緬の腰がシコシコしてるいうのが、私好きでね」
こ「で、他に?」
い「上に乗ってるチャーシューがうまくて『うん、これが本物の豚だ』と思うなんてことを話しとったで」
こ「最高やないか。君、さっそく食べに行ったん違うか?」
い「翌日行きましたよ、ほんなら、私だけと違ごて、その時地下鉄に乗ってた他の人らも、その店へ来てるねん」
こ「なるほど、その人らも、鈴木さんと山田さんの話を聞いていて、興味持って食べに来たんやな」
い「喋ってた鈴木さんと山田さんも店におるねん」
こ「客としてやな?」
い「いや、店の主人と店員として」
こ「……どういうこっちゃ!?」
い「早い話が、店の宣伝するため、主人と店員が芝居しとったんや」
こ「……そんなん詐欺と同じやないか!」
い「まあそのラーメンのまずいことまずいこと」
こ「……気の毒に」
い「緬はベチャベチャ、ツユは塩っぽいだけで、チャーシューなんか『これが本物の豚だ』や言うて『これが本物の靴の底だ』いうようなやつや」
こ「かとうて噛めへんかったんかい!?」
い「見た目なんか君とこの嫁はん」
こ「うちの嫁はんて?」
い「きっちゃないきちゃない」
こ「やかましいわ!」
い「しかし、うまい宣伝方法もあるもんやと感心しましたね。あんなまずいラーメンで店は客でいっぱいや」
こ「その話を聞いて、私君に相談したいことが、今出来たんやけどな」
い「なにを?」
こ「今度私と君が地下鉄の中で出合うて、そのラーメン屋の主人と店員の要領で、二人で喋りあいたいねん」
い「わかった。君の親戚か知り合いに、売れんラーメン屋がいて、同じ手で宣伝しよ思てるな」
こ「売れんラーメン屋やないねん」
い「ほな、うどん屋かい?」
こ「違うねん、うちの娘」
い「娘!?」
こ「うちの娘、もうええトシやのに、なかなか買い手のうて売れよらん。そこで、地下鉄の中で君が娘を誉めてくれてみ。聞いてた人が『そんないい娘さんなら、うちの息子の嫁に』となるやろ」
い「あの娘をそんな手で嫁にやるて。ラーメン屋がやった手が詐欺と同じやったら、それ人殺しと同じくらい罪重いで」
こ「なんでやねん!」
い「娘を誉めてくれって、あの娘を誉めるとこなんて、ちょっとしかないねんで」
こ「そこを強調して褒めてくれ」
い「誉めるとこなんて、目が小そうて、鼻が低うて、口がバカでかいというぐらいやで」
こ「そら貶しとんねや!」
い「顔は君とこの嫁はんと一緒やから誉めるとこ無いやろ。性格は君と一緒やから誉めるとこ無いやろ。やってることイノシシと一緒やから誉めるとこ無いやろ」
こ「……ほなうちの娘、他の畑を荒らしまくっとんのかい!」
い「こうせえへんか。私なんとか頑張って誉める代わり、この前借りた一万円を帳消しということでどや」
こ「……なんちゅう男や!けど娘の為や、それで手を打と」
い「しかし、一万円は安すぎたかな。まあええ耐えがたきをを耐え、忍びがたきを忍んで誉めましょ」
こ「そんな大層に言わんでええがな!」
い「とにかく、やりましょう」
こ「頼むわ、私が地下鉄にまず乗ってるやろ、そこへ君が偶然に乗ってきたようにして、会話が弾む」
い「言うとくけど、それ、朝の一番電車にしてや」
こ「なんで?」
い「君の娘を誉めるような芝居、私恥ずかしいがな。一番電車やったら、だれも乗ってへんからやれるねん」
こ「……人がたくさん乗ってな、それをやる意味がないねん!」
い「わかりました。乗ってる時にやらせて頂きます。やったらいいんでしょやったら」
こ「……そんなふてくされんでええがな!」
い「君が乗ってるところへ、私が偶然に乗ってきたようにして、近づく」
(二人、つり革を持つ仕草)
こ「『おお、いとっさんやないか!』」
い「『おお、喜味こいしさん』」
こ「……喜味こいしさんて、上の名前まで言うの不自然やねん。こいしだけでええねん」
い「『おお、こいっさん』」
こ「『偶然やねえ、今日は仕事の休みの日やのに。なんでこんなところで二人が会うたんやろ?』」
い「『会うように打ち合わせしといたから違うか』」
こ「それを言うたらいかんねん。周りには、自然に見せかけないかんねん」
い「『ほんまに不思議やねえ』」
こ「『どうですか、君とこの家族、最近会わんけど元気か?』」
い「『おかげさんでみんな元気ですよ』」
こ「『それは結構やねえ』」
い「『ところで、君とこの家族は』」
こ「『うちの家族もみんな元気ですよ』」
い「『それは気の毒に』」
こ「『なんで、うちの家族が元気ったら気の毒なんや』」
い「『医者が気の毒や言うてるねん。元気やったら儲からへんやろ』」
こ「『……そんな心配するな!』」
い「『ところで、奥さんはいかが?』」
こ「ちょっとちょっと、嫁はんの事はどうでもええねん。ここでは娘の話題を出してほしいねん」
い「わかってるけど、急に娘の話題を出したら不自然やろ」
こ「なるほど」
い「『奥さんはいかが?』」
こ「『相変わらずですよ』」
い「『相変わらずブサイクのままですか』」
こ「『ほっとけ!』」
い「『おじいちゃんは?』」
こ「『元気元気』」
い「『亡くなったお婆ちゃんも元気?』」
こ「『元気なわけないやろ!』」
い「『犬のポチもどう?……猫のミャーの子は貰い手あったか?』」
こ「早ようちの娘のこと聞いたれや!」
い「『娘はんどうしてます?』」
こ「『元気でやってるけど、いまだに嫁に行かずにおるねや』」
い「『まだかいな。そやけどあの娘(急に声が小さくなり)なかなかええ娘やのになぁ』」
こ「……なんで急に『ええ娘や』いうところで声が小さなるの?」
い「そやけど、あんなん大声で誉めにくいで」
こ「そこを大声でやらなあかんねん」
い「我慢してやるわ『あの娘、ええ娘やのになあ!』」
こ「『いや、大したことないよ』」
い「『大したことないか。娘のことは親が一番よう知ってるからな』」
こ「それを言うたらいかんねん!私が謙そんしたら、『そんなこと無い』いうて。娘を誉めてくれないかんねん。ラーメン屋かて、誉めまくったから売れてるねや」
い「『大したことないこと無いですよ。ええ娘ですよ』」
こ「『そうか』」
い「『まず見た目がええ』」
こ「『うんうん』」
い「『それに、腰がシコシコしてる』」
こ「どんなんや!……人間の腰がシコシコしてるて?」
い「『それに、何と言っても、これぞ本物の豚というところが一番や』」
こ「もうええわ!」

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