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漫才台本「上手な夫婦喧嘩の秘訣」

酒井とおる「川崎市の〇〇へやって参りました」
酒井くにお「がんばろうね、とおるちゃん!」
と「がんばって漫才をやらせていただきます」
く「ファイトよ、とおるちゃん!」
と「……お客さんの笑いが、我々の生き甲斐なんですよ」
く「いいこと言うわね、とおるちゃん!」
と「……誰かこの男を、マンホールへ掘り込んで、下水処理場で処分してくれませんか」
く「アホな!とおるちゃんというのは君の愛称やろ、その愛称を言って、どこがいけないのよ?」
と「言い方が腹立つねん、ほな君の愛称を同じ言い方で呼んだろか」
く「別にかまわないわよ」
と「がんばろうね、フンコロガシちゃん。ファイトよ、コソ泥ちゃん!」
く「……あのな、フンコロガシとかコソ泥なんて愛称あるんか!」
と「ここで皆さんに一言自慢しておきたいことがあるんです」
く「どんなことを自慢するの?」
と「私、〇年間漫才を続けておりますが、その間、一日も欠かさず体が弱いんです」
く「そんなこと自慢できることか!」
と「見た目とは違うんです」
く「見た目そのままや!」
と「先ほども我々の出番を待つまで、舞台の袖で不安を覚えていました」
く「私も同じですよ、漫才がウケるかどうか不安だったんでしょ」
と「そうじゃなくて、舞台の袖からマイク前まで、立ちくらみを起こさずに辿りつけるかが不安だったんです」
く「情けない体やな!」
と「でも無事に辿りつけました。これもひとえに皆様の拍手のおかげです。酒井とおる頑張りました!」
く「そんな大層なことか!」
と「もう私、漫才が終わるまで一切動きませんからね、もし漫才の途中で私に動きが入るようでしたら、『とおるちゃん、今日はよっぽど体調がいいんだなぁ』と思って下さい」
く「そんなこと気にしてられるか」
と「私とは正反対で、この兄貴は本当に体が丈夫でしてね」
く「これだけは有難いことです」
と「この数年間、この人は熱を出したことも無ければ、腹を下したことも一度もありません」
く「これ本当なんです」
と「試しに、賞味期限を半年過ぎたまんじゅうを食わしてみたけど、平気でした」
く「食わすな!」
と「体は丈夫なんですけど、兄貴はケチというか、お金に細かいんです」
く「別にいいじゃないの」
と「仕事が自宅から二駅先であったとしたら、交通費を浮かす為に、その二駅を歩いて行くんですよ」
く「いいじゃないの、健康の為にも二駅ぐらい歩いたほうがいいのよ」
と「二駅と言っても、私鉄の二駅と違ごて、新幹線の二駅ですよ」
く「歩けるか!」
と「営業の仕事で、たくさんの芸人さん仲間と一緒に行くことがあるんですが、その時、弁当が出ることがよくあるんです」
く「特に昼間の仕事の時は出るね」
と「ところが、その弁当を食べない芸人さんも結構多いんです」
く「多いね」
と「その弁当をこの人が貰い集めて持って帰るんです。弁当を家族へのお土産にするのなら、まだいいんですが、そうじゃありません」
く「どうだと言うのよ?」
と「近所のコンビニ前に立って、売るんです」
く「……あのね」
と「『さぁ弁当買ってちょうだい、ここのコンビニ弁当より、豪華で安いよ!』……そうまでして金儲けしたいか?」
く「それが嫁には内緒の、私の小遣いになるのよ」
と「金儲けしたかったら、漫才の仕事だけにこだわらずに、ドラマの仕事なんかも引き受けたらいいのと違うか、君は演技が上手いから」
く「私、演技が上手いと思てくれる?」
と「思てますよ、演技を買われてスカウトされたこともあったやろ」
く「私がスカウトを?」
と「『老夫婦の息子の役をやってくれませんか』とスカウトされたやないか、オレオレ詐欺グループから」
く「されてるかい!」
と「とにかく兄貴は芸達者なんですよ、特に時代劇の役者をやらせたら、絶品ですよ」
く「時代劇なんてとんでもない」(時代劇風に)「拙者、時代劇の才能はとんとござらぬわ、おのおの方もそう思われるであろうが」
と「……ちゃんと時代劇風になってるでしょ、時代劇だけはなくて、女形をやらせても、これまた上手いんですよ」
く(女形で)「あらまあ、とおるさんたら、私に女の役なんて出来る訳がないじゃないのよ、ウーン、もうイヤ!」
と「やるでしょ、またこの人、アホのおっさん役をやらせても絶品ですよ」
く「アホのおっさん役?これはちょっと難しい設定やね」
と「難しいことないでしょう。いつものあんたをそのままやったらいいだけやないか」
く「やかましいわ!」
と「演技だけではなくて、兄貴は踊りも出来るんですよ、特に京都の舞妓さんが舞う京舞いを舞わすと絶品ですからね」
く「無茶なことを言うな、男の私が舞妓さんの京舞を舞える訳が……♪月はおぼろに、東山♪」(踊る)
と「……おだてりゃなんでもやるんです。でも、こんな私でも、京舞いではないんですが、”マイ”だけはよく舞うことがあるんですよ」
く「ホー、どんな舞いをよく舞うの?」
と「めまいをよくまうんです」
く「それが舞いか!」
と「芸達者な兄貴にドラマの話が来ても不思議はないんですが、ところが先日、この私に『刑事ドラマに出演しませんか』という話が来たんですよ」
く「刑事ドラマに?いい話じゃないの」
と「でも脚本を読んで、これは断らせていただきました」
く「どうして断ったの?」
と「アクションシーンをやらなくてはいけないのよ、体の弱い私にアクションなんかやれるか?」
く「体が弱いから、アクションはぴったりじゃないの」
と「君、アクションシーンをわかってるのか?」
く「風邪をひいた人の役やろ」
と「はぁ?」
く(クシャミで)「アックション!」
と「帰れ!……アクションシーンというのは激しい動きの演技やねん」
く「で、脚本に書かれていた、君のアクションシーンてどんなのよ?」
と「ある公園で死体が発見されて、刑事が公園周辺を聞き込みにまわるんだけど、私はその公園で犬を連れて散歩している人の役なんですけどね」
く「それのどこがアクションやねん、普通の通りすがりの役でしょう」
と「私にとってはアクションやねん。犬を連れて歩くなんてことは、私にとって激しい演技やねん」
く「情けない体やなぁ」
と「私は言ったんです。『すみませんが役柄を変えて貰えませんか』」
く「どんな役柄と変えて貰うの?」
と「『犬を連れて歩くなんて、私にはとても無理です。動かなくてもよい、死体の役と変えて貰えませんか』」
く「そしたら相手は?」
と「『無理ですよ、公園で発見される死体は、悪徳金貸しの用心棒で、元プロレスラーですよ』」
く「……とても君は元プロレスラーには見えんわな」
と「そして言われました。『今度また、食うに困って行き倒れになった人の役があったら、とおるさんにお願いします』と」
く「その役がぴったりだわ」
と「さっきも言ったように、兄貴はお金に細かくてね、嫁さんに家計簿までつけさせているんですよ」
く「別に家計簿をつけさせることが、悪いことじゃないでしょ」
と「この前も家計簿を見ながら『今月の家計簿の数字はどうなっているか調査してみようか、えーと、11111……なんだこの11111という数字は!』」
く「11111?」
と「家計簿と間違えて、自分の学生時代の通知簿を見てたんです」
く「間違う訳無いやろ!そんな通知簿なんか、今頃ある訳ないわ」
と「あっそうか、君の時代の通知簿の評価は、甲乙丙丁やったな」
く「私は明治生まれか!」
と「家計簿を見て、『今月はガス代が多い』とか『電気を使い過ぎや』とかうるさいんですよ」
く「確かに私は、ガス代や電気代にはうるさいけど、嫁さんが使う、化粧品代とか衣装代には文句を言ったことありませんよ」
と「どうして、化粧品代や衣装代だけには文句を言わへんの?」
く「私にも芸能人としての見栄があるでしょう。連れて歩く嫁さんには、いつも美人であってほしい」
と「そやのに、なんで連れて歩いてる嫁さん、いつもいないの?」
く「うるさいわ!」
と「この男がお金に細かいから、嫁さんが腹を立てて、ここの夫婦はケンカが絶えたことがないんです。最初は口喧嘩から始まるんですが、この夫婦は近所から、オタマジャクシ夫婦と言われてましてね」
く「オタマジャクシ夫婦?」
と「必ず、後で手が出て足が出るんです」
く「それでオタマジャクシかい!だいたい、私は普通なんですけど、うちの嫁さんは血の気が多いんです」
と「えっ、嫁さん血の気が多い?」
く「そうなのよ」
と「その多い血の気を、貧血で困ってる私になんとか輸血してもらえませんかね」
く「……あのな」
と「でも駄目だわ、私の血液型はO型だけど、君の嫁さんは、たぶんAB型だから、輸血できないわ」
く「どうしてうちの嫁さんがAB型だと思うの?」
と「君とこの夫婦喧嘩の最後はいつも、嫁さんのエービー固めで決着がつくでしょう」
く「アホな!」
と「それに、近所からは、この夫婦はセミ夫婦とも言われてましてね」
く「なんでうちがセミ夫婦なのよ」
と「セミはいつもオスがなくのよ」
く「やかましいわ!」
と「君とことは違って、うちは殆ど夫婦喧嘩はしませんね」
く「仲が良いんだね」
と「今でも、夫婦いっしょに風呂に入ってますからね」
く「えっ、その年になって?風呂ぐらい一人で入りなさいよ」
と「ところが駄目なんです。私、一人で風呂に入れないんですよ」
く「どうして?」
と「嫁さんに両肩を抑えていてもらわないと、体が浮き上がってしまうんですよ」
く「情けない体やな!」
と「そんな我が家でも、たまには夫婦喧嘩はありますけど、上手な夫婦喧嘩をしますからね」
く「上手な夫婦喧嘩なんてあるの?」
と「ありますよ、君に上手な夫婦喧嘩の秘訣を教えましょか」
く「教えて、頼むわ」
と「上手な夫婦喧嘩の仕方その1」
く「その1」
と「夫婦喧嘩が始まりかけたら、男として嫁にスパッと言ってやること」
く「スパッと何を言うのよ?」
と「『弱いものいじめだけはするなよ!』……こう言っておくと、嫁は少しは手加減してくれます」
く「……なるほど、勉強になるねぇ」
と「その2、お互いに絶対に暴力は振るわない」
く「あとで手が出る足が出るのオタマジャクシ夫婦はいけないんだ」
と「……よう見たら、あんたの顔、オタマジャクシに似てるね」
く「ほっとけ!」
と「その3、例え口喧嘩であっても、相手の心が傷つくことは言わない」
く「心が傷つくことてどんなこと?」
と「相手が気にしている欠点そのものをズバリと言ってはいけないのよ」
く「なるほど、そのものズバリとね」
と「例えば、君は嫁さんに『このブスの中のブス』とか『イノシシみたいな顔しやがって』とか『そのスタイルはなんや、ダンゴムシの生まれ変わりか』と言うような、そのものズバリは言ってはいけない」
く「あんた、うちの嫁さんをそんな風に見てたんか」
と「その4、喧嘩が終われば、そのことを後々まで引きずらずに、その場でカラッと忘れること」
く「それが難しいのよねぇ」
と「それでは駄目、カラッと忘れなさい。例え喧嘩の時に嫁さんから、『このド甲斐性なし』とか『あんたの頭の中は韓国の女性五人組グループよ!』と言われても、カラッと忘れよ」
く「私の頭の中が韓国の女性五人組グループと言うと?」
と「KARA……カラだけにカラッと忘れよ」
く「……あのな」
と「『私にはあんたの他に、男がいるのよ』と言われても、喧嘩が終われば、カラッと忘れよ」
く「忘れられるかい!」
と「その5、これは大切ですよ」
く「と言うと?」
と「喧嘩が終われば、仲直りの証に、必ず相手をお嬢様抱っこしてあげること」
く「そんなこと、アホらしいて出来る訳ないやろ」
と「うちは、お嬢様抱っこしてますよ」
く「へっ?君が奥さんを?」
と「いえ、嫁が私をお嬢様抱っこしてくれるんですよ」
く「君がお嬢様抱っこしないの?」
と「そんなことしたら、複雑骨折で入院して、今頃ここで漫才できるわけないでしょう」
く「もうええわ!」

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