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一口コンロと雪平鍋

まだ僕が二十代前半の頃の話だ。
肉じゃがを作っていて寝てしまったことがある。
目を覚ますと焦げ臭いにおいと、黒い煙がぼこぼこと雪平鍋から上がっていて慌てて火を止めた。
心臓がバクバクと音を立てて鳴っていた。
その一連の光景は今でも脳裡に焼き付いている。

鍋の中を見ると当然具材は真っ黒こげで、火を止めても当分黒い煙は上がっていた。
ふと上を見ると火災報知器が設置されていた。
火災報知器はよほどのことでない限り作動しないのだとそのとき思った。
それがあってから雪平鍋で煮物をするときはいつもそのときのことを思い出す。

さて、その雪平鍋だが、鍋底にこびりついたこげを落とすのに二日かかった。
それに木製の把手はぐらついて今にも取れそうになっていた。鍋と把手をつなぐ杭がバカになっていたのだ。
仕方なく把手ははずし、鍋は金たわしを買ってきてひたすらこすった。
途中いくらこすっても思うようにこげがとれなかったので鍋に水を入れ、沸騰させ、こげを浮き上がらせようと試みたが効果はなかった。
金たわしと雪平鍋がこすれる音が苦痛でならなかった。
どうせ把手のとれた雪平鍋など使い道がないのでこのまま捨てようかと思ったが、なぜかそれには気が引けた。

二日がかりでようやく元の銀色に戻った雪平鍋を見て、勉強前に机の上を片付けたときのような軽い達成感が込み上げてきた。

それから捨て方がわからなかったので、そのままシンク下の収納スペースに閉まった。
すると狭い収納スペースには把手のない雪平鍋がボールやザルと一緒に収まって案外収納にはちょうどよかった。

収納で邪魔になっていないせいか捨てることを忘れて長い間そこに放置していたある日、ふと肉じゃがを雪平鍋で作ってみたくなった。

雪平鍋に油を敷き食材を炒めていると、把手を掴んでいなくても五徳に乗っている鍋が食材の重さでずれないことに気がついた。そもそも今まで炒めるときに把手を掴んでいたのだろうか。
煮物はこれで十分いけるじゃないかと思ったが、鍋を五徳から離す時にはやはり把手がないと無理そうだと思った。

そのときふと、知り合いから聞いた話を思い出した。

和食の厨房で使う鍋はもともと把手を付けていないものを使っている。
それは狭い厨房の中で把手にものや人が引っかからないようにするためにあえて把手を初めからつけていないのだ。
その変わりペンチのような形の鍋掴みで鍋の縁を挟んで持ち上げる。
という話しだ。

僕はその変わりになりそうなものを探した。
トングで代用できないだろうかと思い試してみると案外いけるもので、すんなりと持ち上げることができた。

なんだこっちの方が狭いキッチンには向いてんじゃん!

そう思ってからその雪平鍋を捨てずにそのまま使い続けた。
ちなみに今も現役で使っている。
その雪平鍋を使っている限り、途中で眠ってしもうこともないだろう。


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料理人歴10年のフリーターが旅や料理、そして生活していく上で見たもの、感じたことをそのまま書いています。

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コメント (1)
大学時代、和食を出す小さな飲み屋さんで働いていたことを思い出しました。ドリンクと盛り付けを少しお手伝いするくらいでしたが、魚の捌き方や料理の仕方を見て覚えていたのを思い出します。
確かに大将は取手のついたものはほとんど使っていませんでした。あのペンチみたいな持ち手が懐かしいです。
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