『アーバン・ベア - となりのヒグマと向き合う -』札幌市内の野生の隣人

本書は、北海道でヒグマの魅力にとりつかれた著者の約30年にわたる研究成果を、『アーバン・ベア』(市街地に出没するクマ)を中心にまとめたものだ。北海道が開拓されてからの約150年で、ヒグマと人間の物理的な距離は大きく縮まった。特に周辺市町村合わせて230万人を超える大都市圏となった札幌は、住宅地が森林と長距離で接する世界でもまれな大都市に成長した。その周辺の森にはヒグマが暮らしているので、軋轢が起きないわけがない。実際に毎年ヒグマが多数駆除されている。

特に2000年代以降、多くのヒグマが住宅街に出没して問題になっている。北海道は1990年代に政策転換し、それまで行っていた春グマ駆除を廃止したが、アーバン・ベアはその結果として生息数が増えすぎたことが問題なのか。政策転換は誤りで駆除すべきなのか。

本書を最初から順に読み進めて"北海道に暮らすヒグマの素顔"や"人とヒグマの対立の歴史"を知ると、後半で語られるアーバン・ベアの理解が深まる。ただ、もしあなたが札幌市民なら、まずは気になる『第4章-市街地への出没-』から読みはじめても良いかもしれない。記憶に新しい2021年6月の札幌市東区住宅街へのヒグマ出没の背景がイメージできると思う。

以下は前半の章で語られる北海道のヒグマに関する情報を簡単にまとめたものだが、北海道民なら知っていて損はないだろう。第4章から読み始める場合の助けにもなるはずだ。

■季節ごとの食糧
春:冬眠から目ざめて、草本類を食べる
初夏:森の中で液果類を食べる
晩夏:森の中に食糧が不足するため、農地の作物をねらう
秋:森の中で堅果類を食べる
冬:食べない(冬眠)
■住む場所の違い
オス:奥山に暮らす
メス:子連れの場合は市街地近くに暮らす
若グマ:成獣のオスを避けて暮らす
■歴史
開拓時代:ヒグマは開拓の敵、未開の象徴
1990年代まで:冬眠明けのヒグマを無差別に駆除(春グマ駆除)
1990年代以降:道民共有の財産(春グマ駆除の廃止)

さて、第4章では、いよいよアーバン・ベアについて語られる。中でも農地の宅地化にともなうヒグマと人が遭遇する構造は、札幌市民としてぜひ理解しておきたい。本来、ヒグマが暮らす森と人が暮らす住宅街の間には農地があることが多く、これが緩衝地として機能する。道内の農村部で、森から出てきたヒグマが問題になりにくいのは、住宅に接近する前に農地から森に引き返すことが多いからだ。対して札幌などの都市部は人口増加にともない農地が減り、ヒグマが住宅地に到達してから発見されることが増えた大きな要因になっている。

そして、さらに問題になるのは、市街地では簡単に発砲できずヒグマの駆除が難しいことだ。著者は、駆除という対処療法に頼りすぎることなく、普段からヒグマが住宅街に侵入しないよう未然に防ぐべきだという。具体的にどうするべきかは、終章で詳細な提言がある。

多くの野生動物の問題は、動物を害獣と捉えて排除しようとするか、一方的な保護を訴えるかの極端になりがちに思える。本書で印象的なのは、東京に生まれながら北海道でヒグマの魅力にとりつかれ、アーバン・ベアを中心に約30年研究してきた著者が、極論に走らず共存する方法を具体的なアクションプランをもって提言していることだ。

今や札幌市民でヒグマに関係ない人はいない。すべての市民にオススメしたい。


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