時よ
星野源さんの『時よ』にインスピレーションを受けて書きました。
といいつつも、どこがやねん!!って思われる出来になってしまいました。しかしながら万物の根本は繋がっていると信じております笑
人は、急に闘わなければいけない場面がある。
特に、私はそうだ。皆も心当たりはあるのではないか。
『通勤電車』。ほら、光景が浮かんできただろう。電車の中でどのような戦が行われているか。
いや、席取り合戦のことを言っているのではない。あれも一種の冷戦ではあるが、私が危惧しているのはそっちじゃない。
私が言っているのは、自分との闘いだ。
そうだ。『腹痛』だ。
奴との闘いの中で、どれだけ自身を鼓舞したかわからない。
「大丈夫!今まで漏らしたことはほとんどないから!逃げ切れる!逃げ切れるはずだからああああ!!」
部活動の時でさえ、ここまでメンタルが鍛えられたことはない。
出すか出さないかの一騎打ち。しかも波があって、もう大丈夫だと思って気を緩めていると、さっきよりも勢力をあげて奴は襲ってくる。
私の職場は、横浜にあり、東海道線を使って通勤をしている。
ある朝、横浜の一つ手前である戸塚駅に到着間際、奴は一斉攻撃を仕掛けてきた。
こういう時、私はなぜかゴリラを想像する。なぜかは、わからない。
ゴリラを想像すると、少し奴らの勢いが弱まる気がするのだ(皆もやってみてくれ)
だが、その時の奴らは、一味違かった。どれだけゴリラを想像しても、勢いが弱まらない。脳内が腹痛に蝕まれていく。
ゴリラ、ゴリラ、ゴリラあああ!!!と、どれだけ連想しても、打ち消してくる強さ。
仕舞いには、融合作でゴリラがう○こを投げ出してくる始末。だめだ。負けてしまうぞこの戦・・・
さらに、戸塚駅から横浜駅の区間は異様に長いのだ。うーむ、どうしよう。まずは、戸塚駅にどうにか着いてくれ。考えるのはそれからだ。
《次はー、戸塚、戸塚です。》
なんとかぎりぎりで耐え忍び、もうじき戸塚に着く。今は、腹痛が引いている時間帯。
おや、この感じだと、横浜までも行けるのでは、と思っていた。戸塚駅でドアが開き、思いのほか多くの人が降りようとする。
満員電車、人の動きは連鎖し、私の腹にも連鎖を繋ぐ。そう、ぷよぷよのように。むしろぷよぷよのようにこの腹痛も消滅させてくれ。
連鎖の影響により、このまま乗っていても戸塚と横浜間で奴らに完敗をすることは明白だったので、戸塚で降りてトイレを拝借することにした。
時間に関しては、問題ない。安心してくれ。こんなことは日常茶飯事だから、だいぶ余裕を持たしているのだ。
しかし、戸塚駅に降りたからといってまだゴールには着いていない。ここで気持ちと穴を緩んでしまうようなものならば、いつでも奴らは畳みかけてくるだろう。
さもランウェイがあるかの如く、足をクロスしながらホームを歩く男、いたらそれは私だ。
そして急に立ち止まり苦悶に悶えた末、次第にまた歩き出す男、いたらそれは私だ。幾度もの波を乗り越え、進む私だ。
トイレのマークを見てもまだ気持ちを緩めてはいけない。朝の個室は、並んでいる可能性が高い。ここが最後の関門だ。
天国への列は、なんとウンが味方をしてくれたのか、誰も並んではいない。そして一番奥の個室が開いているではないか!!
ベルトを外しながら、急いで個室に駆け込むそして・・・・
はああ、生きててよかった。この時が、一番生きていることを感じ、パッヘルベルの『カノン』が脳内に響き渡るのだ。
でも、何かがいつもと違う。そうだ、何か他の音がする。
「コン、コン」と。
まさか、自分のように今にも地獄に落ちそうな人が必死の形相でトイレに今すぐにでも入りたくノックをしているのか。
それならば、至急、私はこの至福のフィールドを明け渡さなければならない。
しかし、どうやら隣の個室からリズミカルなリズムでこちらの個室に向けて叩いているようだ。
きっと貧乏ゆすりのようなものだ。膝を揺らす変わりに、隣の個室をノックしてしまう人が至ってなんらおかしくないのだ。
いや!!このリズム、ちょっと待てよ、なにか私の脳がひどく揺さぶられる。
これは!!??幼い頃に習得したモールス信号ではないのか!?
理解できる友達がいなかったから披露する場がないと思ってたのに、こんな時に使えるとは!!
きっと、隣の人は緊急事態に違いない。
「トトンットト!」「トトトンットトン!」このリズムをひたすら送ってきている。
今隣の誰かを助けられるのは、俺しかいないのだ。私に頼っているのだ。
これは!!??わかったぞ、お前が求めているものは!
個室は完全な密閉ではなく、上部は50センチ程、隙間がある。
その左側の隙間めがけて、予備のトイレットペーパーを私は放った。そして
「ボスッ」と隣の個室に無事届いたようだ。
私は、用を足したことだし、隣人も助けたことだし、颯爽と個室のロックを外し、トイレから出ようとすると、
「あ、ありがとうございましたああ!助かりましたあ!!」
という声が例の個室から聴こえてきた。初めから声を出せば良かったのに。なんて野暮なことは考えない。
隣人はひたすら「か・み」をモールス信号で送ってきていたのだ。
私は、彼にとって、紙を与える神になれたのではないだろうか。
もう、ずっと駄目になりそうだった。才能は、枯渇するものなんだ。
大好きだった先輩も、これからだっての後輩も、自殺という道を選んでいくのを、たくさん見てきた。気持ちは、痛いほどわかる。
ミュージシャンという仕事柄、過去の自分を評価され、それより上を一生求められる。欲望に終わりはない。
今日の武道館が終わったら、自分もその道を選ぼう、とずっと決めていた。
もう、自分を超えられない・・・
リハに向かうため、最寄りの戸塚駅に向かった。
有名になっても、電車に乗ることが好きだった。いろんな人の人生を垣間見えることができるから。
電車に乗る前に、トイレへ向かった。
ライブ当日は緊張のあまり、ご飯はのどを通らないのにもかかわらず、カラダは何かを吐き出そうとする。
トイレの個室で、酸っぱい液を吐いていると、ふいに、ライブ終盤でやるドラムソロが心配になってきてしまった。こうなってしまうと、カラダは止められない。
顔を便器に向けたまま、左の壁をドラムと見立てて、眼を閉じ、一心不乱に打ち続けた。
誰かに文句を言われたって知るものか。最期の演奏に向けた調整だ。聴けることを有難く思え。
「ボスッ」
急に、頭に柔らかい衝撃を受けた。
眼を開けて周りをみると、少し解けたトイレットペーパーがひとつ、転がっていた。
それを見たとき、ふいに涙が止まらなくなってしまった。
誰かが、私のリングにタオルを投げてくれたんだ。見ててくれてたんだ。
そんなに頑張らなくたっていいんだって。降参しろよ、自分との闘いなんて。超える必要なんて、ないんだって。
「あ、ありがとうございましたああ!助かりましたあ!!」