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弦のお話

ヴァイオリンの弦の素材には大きくかけて3つあります。

羊の腸を洗って、切って撚ったガット弦。
合成繊維で撚られているナイロン弦。
スチール弦。

ヴァイオリン自体は17世紀ごろから今の形になっていますが、
より高い音を出したりするために指板は長いものに交換されたり、
ネックの長さや角度も変わってきました。

当初の形を維持しているセットアップを古楽器(period instrument)と呼びます。時代考証です。

弓も同様に時代ごとにさまざまなスタイルがあります。

楽器が進化するということは、弾き手もその新技術、新知識を取り入れることになりますが、ガラガラポンと切り替わるわけではなく、”混ざりつつ、置き替わるものは置き替わる”というものです。

弦の話でした。

もともとガット弦は裸でした。(意味が通じない表現ですが、裸ガットとよく呼ばれます)プレーン・ガットと言います。

音の高さに合わせて張力を変えるということは、弦の太さの調節も必要です。
古くからガットの芯にシルバーなどの金属を巻く方法がありました。
これは太くて弾きにくい低い弦で特に取り入れられています。

もともとのガット弦(プレーン・ガット)はオリーブオイルに浸けて使います。
それでもささくれますし、特の細い弦(高い音の弦)は耐久性に問題があります。
そこで、一番細い弦がスチール弦に置き替わったのは20世紀初頭ごろと言われています。

ナイロンの弦が普及したのは戦後の話です。

20世紀の名人の人は、”混ざりつつ、置き替わるものは置き替わる”時代の人だったので、巻線のガット、プレーンガット、スチール弦を混ぜて使っていました。

4本ある弦を四重奏に見立て、下3本はミックスされるように、一番高い弦は輝かしく、という考え方。
真ん中の2本を緩めにして、一番低い弦と一番高い弦をパワフルに鳴らそうという考え方。

弾き手も、さまざまな組み合わせを自分のスタイルとして持っていました。

現在は、買った時についているのはほぼナイロン弦とスチール弦です。
電子ヴァイオリンで本来の弦を使うと不要な振動があるためスチール弦を張る場合も多いです。スチール弦はとてもクリアな音がしますし、何より細いのでそういった意味で好む人もいます。

自分自身いろんな銘柄の弦を試してきましたが、最近の弦はとても強いです。
もっともそれだけ使っている時には強いなんて感じていなかったわけですが。
強い弦は強い力で強い振動を起こします。ただ強い弦は振動を止める力もあるわけで、そこのバランスがメーカーの努力なんだろうと思います。

僕自身は比較的新しい楽器を使っているので、弓は古めです。
それで、随分長い間強い弦を使ってきました。

転機になったのは、10年くらい使って指板が大きく歪み、ネックが下がった頃でした。どうにもこうにも弾きにくくなり、でも大事なコンサートまでの期間も短く修理なんてできない。
そのときに初心に帰って?ドミナント(一番一般的で比較的柔らかいナイロン弦)に変えました。理由はよくわかりませんが、その時は「た、たすかった・・・」という感じでした。

問題の箇所を修理したその後も、たまに強めのガット弦(ゴールド)を使うこともありましたが、基本的にドミナントやトニカという銘柄を使いました。

その後の転機はコロナ禍でした。
1公演に4名のお客様で、1日に4公演5公演というちいさな会をするときにナイロン弦では強すぎました。
話しかけたいのに拡声器の演説みたいになってしまうと言えば伝わるでしょうか?
そこで一番柔らかいガット弦(オイドクサ)という戦前からある銘柄に変えました。
感触を見直し、テクニックを作り直すのに半年かかりました。
湿気がひどい中でも音を会場の奥まで飛ばせる感触が掴めたころ、欲が出てきてしまいました。

20世紀の名人たちの弦のセレクト・・・知識としてはずっと知っているわけです。
そして、当人たちの弦についての考え方を調べ、試したい衝動に耐えられず、昨冬に一番細い弦はより弱いスチール弦に、上(細い方)から2番目の弦をプレーン・ガットに変えました。


結果は上上でした。

裸のガット弦は、張る前にオリーブオイルに数日浸け、オイルを絞り、結び目は自分で作り、あまりは切り取り、炙り、ささくれは切り取り、伸びるまで数日かかり、日々オイル補給をして…と、手間がかかるものです。

ただ、考えてみればお料理の仕込みと変わりません。表現はきついですがパッケージを開けて張ってすぐ使えるほうが即席ご飯のようなものともいえるかもしれません。

ナイロン弦は張ってすぐ安定しますが、それは伸び切ったということであり、すぐに音色は萎えはじめていきます。ガット弦は安定しにくいと言われますが、それはずっと伸びていくということであり、切れる直前が一番いい音色という人もいます(笑)

なおガットは羊の腸ですが、捨てることろがなく、ありがたい生き物である「羊」、とくに大きな羊の姿から漢字「美」が生まれたと言われています。

この次は弦に教わったことをぼちぼち書いてみようと思います。


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