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【属性】→【エモさ】、その【行間】(第1回)

 いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。中村尚裕です。

 私、【物語】の【登場人物】についてよく眼に(耳に)します【違和感】があります。

 曰わく、「この【登場人物】、ただ【属性】(=【記号】)を並べただけじゃん」。

 この【違和感】、例えば『ギャルゲー』が隆盛を誇っていた頃に【萌えキャラ】の【人物造形】などで言及されていたのが印象的です。要約するなら「【属性】を並べただけで【観客】が喜ぶとか、舐めてんじゃねーぞ!」というところでしょうか。

 もちろんこの命題、いわゆる【萌え】や『ギャルゲー』に限ったことではありません。総じて【エモさ】とでも総称し得るであろう【情動】、しかもそれを【表現】するものとしては小説を始め【物語】全般、その【登場人物】のみならず【ストーリィ】や【世界観】にまで関わるものと、私は【認識】しております。『(【属性】という)【記号】と【存在感】の差異』というところですね。

 そこで今回は【登場人物】を切り口として、今回は『【記号】と【エモさ】の結び付き』とその【応用】について【考察】して参ります。よろしくお付き合いのほどを。

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 【考察】のきっかけは、私がとある【状況】に関する記述を眼にしたことです。
 当の【状況】を整理してみますと、おおむね下記の通りです。

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・【作者】は【二次創作】に深く親しんできた人。
・【作者】が【一次創作】に取り組んだ【経験】は、ごく浅い。
・【作者】本人は、いわゆる【エモさ】の【表現】に関しては、【作品】に大いに手応えを感じている。
・しかしこの【作品】を観た【観客】の反応は、芳しくない。曰わく「コレジャナイ」。
・【観客】曰わく「これ、単に【属性】を【羅列】しただけじゃん」。

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 ここで【作者】が『【エモさ】を【表現】するために注力した部分』は、【登場人物】の【背景設定】であったり、その【登場人物】が置かれた【状況設定】であったりすることが多いようですが。
 【我流】なりに解釈すると、『【観客】に映っているのは“【登場人物】や【状況】(シチュエーション)に関する【記号】の【羅列】”であって、そこには【存在感】や【説得力】が備わっていない』ということになります。言い方を変えると『【登場人物】の【背景設定】も【状況設定】も、単なる“【設定】という【記号】”としてしか映らない状態』ということですね。

 実はこれ、よく言われる『【登場人物】を【記号】ではなく、【人格】として描いて欲しい』という切実な要望に符合する状態――と私は捉えております。乱暴を承知で言い換えを試みるなら、『【人格】も【状況】も、【記号】だけでは完成しない』というところですね。

 「では、どうすればいいの?」という【疑問】の声を、私は【予測】しますが。

 『どうすればいいか』の前に、まずは『なぜそうなるのか』を考えないことには、答えの(あるいはそこへ至る【過程】の)【正当性】は【検証】できない道理です。
 なのでまずは、『【エモさ】を【表現】しようとして、“【記号】の羅列”に終始してしまう【現象】』を掘り下げてみましょう。

 ◇

 さて、今回は一旦ここまで。
 『【登場人物】の【背景設定】も【状況設定】も、単なる“【設定】という【記号】”としてしか映らない状態』、【作者】としては懸命に【エモさ】を【表現】しようとしているわけですが。
 【我流】で申し上げるなら、『“【説明】の【情報量】”で【リアリティ】を醸そうとする【姿勢】』によく似た【問題】が、ここに潜んでいます。
 【属性】に【エモさ】を宿すのは、“【情報】の【量】”ではない――という、これは考えですね。
 詳細については、順を追ってお伝えしていくことにしましょう。

 よろしければまたお付き合い下さいませ。

 それでは引き続き、よろしくお願いいたします。

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