短編SF「窓の向こうの風景」

三作目。名古屋猫町倶楽部課外活動「ライティング倶楽部」で12年7月に書いた短編SF。よくある哲学思考実験ネタですね。これも前作同様東日本大震災の影響受けてる。ちなみに「484日」うんぬんてのは、ライティング倶楽部の当日がそうだったんです。
あと、主人公がこんなようなおにゃのこ?なの、見直してみるとオラよく書いてるw。

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窓の向こうの風景           

「おはよう。今朝の調子はどうだい?」
 いつもと変わらない気持ちのいい朝。もちろん、口に出さなくても彼には分かっている。私が考えていることなんて彼には全てお見通し。だから私はただ心の中で囁きかける。「お陰様で上々よ」
「そいつは良かった。じゃあ僕はちょっと食事を済ませてくるよ」
 今日ももちろん、彼は私とは食事を共にしない。なぜなら私は食べることのできない体だから。私の最も古い記憶の日付から4日後の480日前には、彼は私の前で最初で最後の食事をした。その時私が不用意に「私はなぜお腹が減らないの?」と訊いてしまってから、彼はその後一度も私の目の前で物を口にすることはない。その時まで少なくとも4日間、彼が全然食事をしていなかったのは多分間違いない。なぜなら彼は、私が目を覚ましてから4日間、身動き一つ出来ない私のそばにずっと居てくれたから。トイレに行くついでにお水ぐらいは飲んでいたかもしれないけど。
 そう、484日前の私の最も古い記憶。私にはそれ以前の記憶が無い。いくら必死に考えても何も思い出せない。あの日私が目を覚ました時、彼はやつれきった姿で私をのぞき込んでいた。あの頃の彼は、まるで幽霊みたいだった。今のイケメンの彼からは想像もつかないだろうけど。
「無理に思い出そうとすることはないさ。二人で一緒に未来を作って行けばいい」
 私の視界に滑り込みながら優しくそう言う彼。この人は本当に、こういうクサイ台詞が大好き。そこが正直言って時々うざい。でもそういうところも含めてかわいいんだけど。
「ウザイ言うな」
 読んでいた文庫本から目を上げて、彼が言う。彼には何も隠し事ができない。私の考えていることは全てお見通し。484日前と比べれば、私もかなり彼の考えていることが分かるようになってきたけど、それでも彼のまるで超能力みたいな読心術には到底かなわない。
 484日前。その前日があの地震が起きた日。なぜかそれがあったことだけは知っている。でも、その日私が何をしていてどうなったのかは全然覚えていない。そしてその日までの記憶も全くない。でもかまわない。目を覚ましたあの日から、毎日がとても楽しい。だって彼がずっとそばに居てくれる。身じろぎどころか視線を動かすことさえ出来ない体なのはちょっと残念だけど、体なんか使わなくてもやれる面白いことはいっぱいあるし。最近は円周率の計算にハマっているの。今は小数点以下9兆桁ちょっとまで行ったところ。世界記録達成まであともう少し。
「あんまり頭使い過ぎると熱出すぞ」
 私の視界外のテレビ画面を見つめていた彼が、難しそうな顔をして押し黙った。この人は時々、こんな顔をして物思いに耽る。そんな彼の顔を見ながら、彼の考えていることを色々予想するのはとても楽しい。でも今日の考えタイムはちょっと長め。彼長考中。彼の顔の毛穴の数を数えてみる。
「君に話さなければいけないことがある。驚かずに聞いてくれ」
 あなたのフリーダムさはこの484日だけで随分分かってきたんで、少々のことでは驚きません。
「君は実は人間じゃないんだ、パソコン上の人工知能なんだ」
 うん。なんとなく知ってた。
「あの地震で、僕は妻を失って絶望していた。ぼーっとしながらあいつのパソコン立ち上げて、ファイルをあれこれ覗いていた時見つけたのが、あいつの作った人工知能プログラムだったんだ」
 ひどい!私のBLフォルダーも覗いていたの!?
「僕は君を妻だと思って楽しく暮らしてきたけど、プログラムを終了させなきゃならなくなった」
 ちょっと!いくらなんでもいきなり酷くない?BLバレしたぐらいで私を捨てないでよ!
「いや、別に君を捨てるわけではないよ。今でも妻だと思って愛しているさ」
 じゃあずっと一緒にいさせてよ!
「ニュースで言ってたんだ。この世界も実はどこかの誰かのプログラムで、僕達もすべて仮想空間の存在で、それを今日で終了させるってその誰かから通告があったんだってさ」

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