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サヨナラ、トモダチ。また会う日はない。

もうすぐ卒業式なので、大学の友達と会う機会を増やしている。社会人になったら今よりは自由が効かなくなる。時間がある今のうちに、懐かしい友達に会っておこうと思った。僕は時空が歪んでいる。一浪して大学に入って、3年生のときにこの執筆活動などに専念するために休学した。だから高校の同級生は今社会人二年目で、大学の同級生は社会人一年目、もしくは大学院一年生という事になる。

僕は理系だから、大学の友達の多くは大学院一年生だ。理系ではこれをM1と呼ぶ。Master's degreeのMである。大学の近くで一人暮らしをしていることもあり、この間M1の友達と久しぶりにご飯に行った。

僕は研究室という閉鎖的な環境が大嫌いだ。高圧的な教授、排他的な先輩、タダ働きでしかない共同研究先との研究。全てが理不尽で時代遅れで、大嫌いだ。だから僕はアカデミックへの興味は皆無だし、学部で卒業することにした。その一方、そんな非合理的な環境ながらも「研究を極めたい」という熱意で大学院に進んだ友達を尊敬していた。自分にはできないことができる人はかっこいい。だから僕はM1の同級生たちを尊敬していた。

が、それは勘違いだった。

「いやー、研究ダルいよ。就活とかめんどいから院進したけど、ミスったかも」

昼から空いてる居酒屋で、枝豆をつまみにビールを飲みながら友達は話した。この日は大学一年生のときにクラスが一緒だった友達二人と会っていた。二人とも熱力学系の研究室に所属していた。

「教授、マジでうざいんだよ。春休みなのに進捗報告あるしさ。やってらんないよ」

「ホントそれ。就活したいのに時間ないし。研究つまんねえし」

-え、でもみんなは研究が好きだから院進したんじゃないの?

「そんなわけないじゃん。熱力学とか興味ないよ。何言ってんのか、全然分かんないよ。でも俺らの研究室さ、学科では一番楽だって有名だったんだよ。暇な時間が2年増えると思って行ったんだよ。人生の夏休みをさ、伸ばしたかったんだよ」

「なのにさ、あの教授。俺らの代から方針変えやがってさ、めっちゃ忙しいの。ほぼ毎日研究室行かなくちゃいけないし。最悪だよ」

ーそんなに嫌なら中退して就活したら?学部卒の肩書きはあるわけだし、全然できるよ。

「中退?はあ?そんなことできんの?なんかめんどくさそうだなあ」

「研究ダルいけど、かといって働きたいわけじゃないんだよねー。大変そうじゃん。」

「まあ俺は教授推薦でメーカーの内定もらえるから、もういいかな」

ー研究めんどくさいのに、理系の職に就くの?それしんどくない?

「いや、いいじゃん。だってめんどい就活しなくて済むし。まあ退屈な研究に耐えたご褒美だよ。給料も割と高いんだよ。中島は〇〇で働くんだっけ?」

ーそうだよ。

「縁がない世界だなあ。激務そうで俺らには無理無理。でも合コンだとモテそう。いいなー」

「てか中島、自分でビジネス?とかしてたんだっけ。」

僕は大学の友達には一切この活動をしていることを話していない。Web系の仕事をしているとしか説明していない。

ーWeb系の仕事をしてるよ。今年も研究はほどほどにやって、残った時間は全部そっちに注ぎ込んだから、充実した一年だったよ。

「へえ。よく分かんないけどなんか大変そう。俺にはそんなこと無理だわ。時間ないし。学部は暇でいいよなー」

楽しくない時間が過ぎていった。会計を済ませ、2軒目に行くか聞かれたが僕は断った。

サヨナラ、トモダチ。また会う日はない。

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僕は自分の人生に一つ、ルールを設けている。それは

「自分がコントロールできることにしかエネルギーを使わない」

というルールだ。就活のとき、ゴールドマンサックスを受けた。外銀にはスーパーデイと呼ばれる複数人の現役社員とガチンコで何人とも面接する最終試験がある。運よくスーパーデイに進めた僕は、ゴールドマンサックス日本法人社長の持田昌典氏と元ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディ・ジョーンズ氏の対談本を読んだ。

「自分がコントロールできることにしかエネルギーを使わない」は、この本に書いてあった話だ。両氏とも、過酷すぎる激務を生き抜いている。24時間という限られた時間のなかで、最大限の成果を残すためには雑念に邪魔される暇はない。他人の妬みや僻み、社会の理不尽さにはたしかに腹は立つが、自分でコントロールできるものではない。そういった制御不可能なことは一切無視し、自分が操れる物事だけに集中しようというアドバイスは非常に合理的で納得がいくものだった。

結局、本は読んだがスーパーデイには落ちた。六本木ヒルズの高層階でハードワークをする社会人生活は手に入らなかったが、今後の人生の指針となるルールを学ぶことができた。

僕からすれば、M1の友達の悩みは、全て自分でコントロール可能なものだった。研究がめんどくさいなら辞めて就活すればいい。教授がウザいなら無視すればいい。自分の知らない世界があるなら、突撃してみればいい。理解しようと頭を使えばいい。選択肢は無数に広がっているのに、食わず嫌いで試すことすらしない。そんな状態だった。自分でコントロールできるにも関わらず、愚痴を垂れる。そこには合理性がない。愚痴ったところで状況は改善しない。エネルギーを浪費するだけだ。それ以上に久々の再会でネガティブな話をされて楽しいわけがない。せっかく貴重な時間を割いて会ったのに、僕の感想は「時間とお金を無駄にしたな」以外何もなかった。

かつては優秀だった友達が、つまらない人間になってしまったのは悲しい。悲しいけど、人生の残り時間は有限だから、一緒にいて楽しくない人と過ごす暇はない。残念だけど、もうその友達会うことは二度とないだろう。二度と。

サヨナラ、トモダチ。また会う日はない。

春は別れの季節でもあり、出会いの季節でもある。ピンクに染まった桜の木下で、ある人は学舎を卒業し、ある人は入学する。ある人は会社に入り、ある人は去る。

桜の木の下で、今年は一体どんな出会いがあるのだろうか。






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