見出し画像

理系に1ミリも興味ない僕が卒論をなんとか書き終えて学んだこと

この前、卒論発表が終わり、ようやく僕の理系生活が幕を下ろした。結論から言えば僕は理系に1ミリも向いてなかった。4月から社会人になるけど、大学で勉強した知識は一切使わない仕事に就く。というか、理系に絶望してたから使わないことがとても嬉しい。長年の呪縛から解放された気分だ。ただせっかく卒論まで書いたので、僕が理系の学生として学んだこと・感じたことを書いていこうと思う。

「理系は潰しがきく」ってなに?

ちなみに理系の勉強で学んだことはこの先一切出てこない。一応、卒論では人工知能について研究してAIを用いた自動検出システムを作っていたが、特に僕から語ることはない。それくらい興味がなかった。もしいま高校2年生の僕に会えるなら、「理系は潰しがきくなんて嘘だ」と言ってやりたい。

高校2年生で文理選択をしたとき、僕は「なんとなく潰しがききそう」という理由で理系を選んだ。担任がそう言っていたからだ。学校全体で理系を推奨してる高校で、やりたいことがないなら理系を選ぶように指導された。ただ今思い返せばその「潰し」とは一体何だったのか、全く分からない。

おそらく就職に困らないという意味だろう。理系なら文系職でも理系職にでも就ける。文系より勉強してて真面目だから採用枠が広いはずだと、そういう意味で彼らは言ったのだと思う。ただ残念ながらそれは全く事実と異なる。周りを見渡しても理系の方が年収が高いという傾向は全くない。どちらかと言えば理系の勉強なんかせず、早くからインターンに行ったり起業して商売経験を積んでる人の方が外銀だったり外コンだったり高年収の企業に受かっている。他にも体育会だったり留学経験者の方が知名度の高い企業に多く受かっている。僕も結局、理系の勉強は一切せず執筆を生業にし、結果として経済的にある程度独立できた(学生時代に限っての話)。学費も全額ではないが7割以上自分で払っている。これに理系で勉強した知識は全く活きていない。つまり、お金がたくさん欲しいなら理系である必要は全くない。僕がさんざん言われてきた「潰し」なんてものは存在しなかったのだ。むしろ文系で時間があり余り、学外の活動に全力投球した人の方が就活では比較的有利という残酷な現実がある。4年生で休学し、休学の前と後の合計2回就活を経験したので間違いない。

ちなみに僕がどれくらい理系の勉強ができないかというと、現役のときに東大を受験したときに数学0点で落ちたほどだ。物理も10点くらいだった。浪人して大幅に点数は上がってけど、それでも理科I類に落ちた。世間の平均と比べればそりゃ勉強はできる方かもしれないけど、苦手意識はずっと残っている。大学に入ってからも数学と物理は意味不明で、一年生のときから何を言ってるのかさぱっり理解できなかった。典型的に理系に向いてないのだ。

話を戻そう。潰しなんてものは存在しないが、例外もある。僕の友人でゴールドマンサックスやアメリカのGoogleでエンジニアをやってる人がいるが、彼らの年収は平均よりはるかに高い。もちろんそこを目指すなら理系でもいいだろう。ただし、彼らの頭の良さは異次元だ。僕は大学の授業で初めてプログラミングに触れたのだが、C++もPythonも意味不明だった。勉強しても全く上達しないし、楽しいとも思えなかった。ゴールドマンサックスやアメリカのGoogleでエンジニアをやってる彼らはどちらもプログラミングを始めたのは小学校の頃で、中学生時代にはいろんなコンテストで優勝するくらい圧倒的な成果を残していた。つまり、天才なのだ。そんな天才に元々理系の勉強が苦手な僕が挑んでも勝てるわけがない。ということでプログラミングで飯を食う道は諦めた。

巷では「コードが書ければ食いっぱぐれない」という謳い文句でプログラミング教室がバンバン広告を打っているが、果たして本当だろうか。僕には今まで勉強をサボってきた人間が1ヶ月そこらの勉強でプログラミングを習得できるとは思えない。そもそも誰でも1ヶ月で習得できる程度の知識に価値なんてないから、結局仕事がもらえたとしても下請けで細々と案件をこなす程度ではないだろうか。確かに仕事はもらえるかもしれないけど、ズバ抜けて収入が伸びるなんてことはないだろう。天才級の技術がない限り、平均を大幅に超えられるとは思えない。

スケジュールに余裕を持たせるのが一番

理系への興味のなさばかり書いてしまったけど、もちろん学んだことはある。それはスケジュール管理の大切さだ。僕は工学系の学科にいて、大学3年生のころが一番忙しかった。毎週6時間かかる実験があって、膨大な量のレポートを書かされた。他に週に8個くらい授業を取っていて、毎回演習があった。期末のテストも全科目あり、そこで合格点が取れなければ単位を落としてしまう。これだけ書くと忙しそうだが、かなり余裕を持ってこなすことができていた。

その理由は、とにかくスケジュールに余裕を持たせたからだ。実験のレポートは実験が終わったその日のうちから書き始めた。課題も授業中にさっさと取り組み、できるだけ早く出すことを意識した。テスト勉強も余裕を持って始めたので、僕は大学生活通して試験のために徹夜をしたことは一度もない。典型的な朝型人間なので、夜起きれないし頭も働かないことが分かっていた。だから直前で焦らないように余裕を十分に取ってスケジュールを組んだわけだ。当たり前と言えば当たり前だが、頭で分かっていても実行に移すのは難しい。友人の多くは試験直前は徹夜してギリギリで試験会場に駆け込んでいた。もちろんそれで単位が取れるならOKなんだけど、僕は焦るのが嫌いだった。精神的に余裕がないと集中できない性格なのだ。なので余裕を持たせる道を選んだ。結果としてこの習慣は役に立った。おかげで卒論も苦労はしたけど締め切りには余裕で間に合った。やりたくないことはさっさと終わらすのが一番だと学べたのは大きかった。

必要最低限でいい

ただ余裕があったからと言って成績がいいわけではない。成績はかなり悪い。GPAは2.5くらい。低い。でも、それで全く問題ない。なぜなら大学院に行かないから成績なんてどうでもよくて、卒業して大卒の肩書きさえ手に入ればそれで満足だったからだ。つまり、単位さえ取れれば何でも良かった。この場合、必要以上に頑張っていい成績を取るのは僕にとって「無駄な労力」だった。その時間があるなら読書とか他の勉強や仕事に費やした方がいい。幸い友達はそれなりにいたので過去問を全部教えてもらい、最小の労力で単位をもぎ取ってきた。結果として単位を落としたのは1回だけで、あとは余裕で受かった。(その一つは電磁気の授業で、本当に教授が何を話しているのか理解できなかった。過去問を見ても何がしたいのかさっぱり分からず、テストで一問も解くことができなかった)

同様に研究室も、最後に出す卒論が受理されれば何でも良かった。だから打ち合わせとか輪講もできるだけサボったし、進捗も小出しにしてとにかく楽をした。自分にとって優先度が高いことは他にあったから、授業や研究は最低限で良かった。昔の僕だったら全てにおいて完璧を目指そうとしたかもしれないが、どうしても理系に興味が持てなかったおかげで少々小賢しくなれたようだ。褒められた態度じゃないけど、生きていく上で大事なことを学べたと思う。

まとめ

以上をまとめると、1ミリも理系に興味がない僕が卒論まで書いて学んだのは「人間には向き不向きがある。そして人生の残り時間は有限である。だったら得意なことに集中しよう。それ以外のことは必要最低限でいい。」ということに集約される。サボるならサボる、やるならやる。どっちかに振り切った方がいい。逆に中途半端が一番よくない、ってことだ。

最後に補足しておくと、僕は情熱を持って研究してる人を文理問わず尊敬している。僕は研究には興味が持てなかった人間だから、逆の人を見るとすごいなあと思う。今回ちょっと否定的に書いたのは、僕の周りを見る限り「みんな院進してるから院行こう」と情熱もないのに惰性で院まで進む人が多くてうんざりしていたからだ。決して学問を軽蔑してるわけじゃないので悪しからず。

興味がなかったとはいえ、約10ヶ月間も人工知能について研究したので、ニューラルネットワークとかディープラーニングについてはそこらへんの人よりは詳しくなれたと思う。人工知能の知識はないよりあった方がましだと思うので、きっとどこかで役に立つだろう。いずれにせよ、単位を数え間違えていなければこれで理系の勉強とはおさらばだ。正直つまんなかったし意味不明だったけど、最低限やり切れたのはよかった。もし理系だけど勉強に興味がない人がいたらここに書いたことを参考にしてくれると嬉しい。

それでは素敵な1日を。

最強になるために生きています。大学4年生です。年間400万PVのブログからnoteに移行しました。InstagramもTwitterも毎日更新中!