フィルム_フェスタ

『さよなら僕の性格』第11話 夏休み(3)

夏休み、家にいると、なんとなく鏡で自分の顔を見て、もっとどうにかならないものかと考えることも多かった。

(顔さえ良ければ、こんなみじめな思いをしなくて済むのに……)

顔が良ければ、僕の言うことは全て好意的に解釈されるんだ。特に女子から。だから発言に気を遣う必要もないし、もっと自由に話せるようになるんだ。ちょっと話しかけるだけで喜んでもらえる、そんな存在になれたらどれだけ楽だろう。どれだけ生きるのが楽しくなることだろう……。

(顔が粘土みたいな素材で出来ていればいいのに……)

現実離れしたことを考えながら、何時間も鏡を見つめる。

時には2つのスタンドミラーを両手に持って、合わせ鏡にして、横顔を見たり、斜め後ろから見たりした。

時には物差しを持ってきて、顔のあちこちの長さを測っては「あと4センチ小顔にしたいなあ、いや、せめてアゴの部分を1~2センチだけでも……」などと、理想と現実の差を数値化して、広告の裏にメモしたりしていた。

やがて外が薄暗くなり、母親が仕事から帰ってくる。

「こんな暗いところで何やってるの? 電気つけなさい」

そう言われて、初めて「そういえば暗いなあ」なんて思う。「何やってたんだろう」なんて思う。


夏休み。たまに自転車で出かけることもあった。

行くところは大抵本屋。知的生き方文庫あたりのコーナーをふらついて、「記憶術」とか「右脳開発で頭がよくなる」みたいな本を買っては、「これでライバルに差をつけられるぜ」などと考えていた。普通に勉強するより、裏ワザ的なものを学んだり、頭をよくしてから勉強した方が効率的だと考えた。

「ほう。『オレンジジュースを飲んだグループの方が、飲まなかったグループより試験の成績がよかった』とな。オレンジジュースのビタミンには頭を働かせる力があるんだな。大抵のやつはこういう情報を知らずに勉強をするから、これを知っている俺にそのうち抜かれることになるのさ。なにしろ俺にはオレンジジュースがあるんだからな」などと浮かれていた。

いくらオレンジジュースを飲もうが勉強しなければ、ただのオレンジジュースをよく飲む人である。

今思えば、勉強から逃げていたのだと思う。

家にいればそんな感じ。外に出ればこんな感じ。部活に行けばあんな感じ。

こうして、僕の高一の夏は過ぎ去っていったのである。 

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