見出し画像

八王子にて

 前回述べたが、二十歳の誕生日の日、怪しい会社から電話がかかってきた。そのときは渋谷にいく約束を強引にさせられてしまったが行かなかった。
 それから時間が流れたある日、僕の携帯に電話がかかってきた。
 その電話も、前と同様怪しかった。「この電話は、変な勧誘やセールスの電話ではありませんので安心してください」というセリフも含めて怪しい。
 電話の相手はいろいろ言っていたが、要は「あなたは、これから安く物が買えるようになります」ということだった。「詳しい説明は直接会ってしたい。本社は新宿にあるが、八王子で説明してもかまわないので、八王子がよければ、八王子に来なさい」ということだった。
 僕は、また来た変な電話に、怒りを感じ、どうやって断ろうかと考えていたが、ふと思った。
 僕は絶対にだまされない自信があるし、どんな手を使ってくるのか見てみたいという好奇心もある。それに、八王子には行ったことがないが、前から一度行ってみたいと思っていた。
 それで僕は、八王子で会うことを承諾した。
 八王子駅の改札で、青いバインダーを持っている人がそうだということだった。僕は約束の時間に二分遅れていったが、たしかに青いバインダーを持った人がいた。
 ひょろっと背が高く、茶髪をオールバックにして、茶色いふちのちょっとしゃれたメガネをかけた、嘉門達夫みたいな男だった。この男も、怪しいと疑っていると、怪しく見える。
 その後、なんだかんだで、その嘉門達夫と一緒にデニーズ(※ファミリーレストラン)に行くことになった。行く途中、達夫は組織の親分(僕の思い込み)に電話をかけて小声で何か言っていた。
「親分、カモがかかりました」
「そうかよくやった達夫」
みたいな会話をしているのだろう。
 そう思って耳をそばだてると、達夫はそれに気付いてか、「ではそちらにご案内して…」と、さっきより大きな声で、僕に怪しまれないように丁寧な言葉でしゃべりだした(※僕の想像だが)。
 達夫は電話を切った後、僕にいろいろ質問してきた。住んでいる場所、八王子にはよく来るのかなど。僕はそういった質問に対して、だいたい正直に答えた。
 やがてデニーズに着いた。僕は警戒していたため、奴の仲間がどこかから見張っていないか、デニーズの客をチェックした。とくに怪しい人物はいなかったので、少し安心して席についた。
 達夫に「何か飲みますか?」と聞かれたので、アイスティーを飲むことにした。
 そのあとで説明が始まった。どんなことを言うのかよく聞きたかったので、僕は相手にとにかくしゃべらせることにした。
 彼の説明の内容を順を追って紹介していこう。これを読んでいるあなたも、説明を受けているつもりで読んでみてほしい。(もちろん彼は、もっと丁寧な口調で、例を挙げながら細かく説明してくれたのだが、ここでは僕が頭のなかで、「要するにこういうことだな」と理解したものを書く)
・まず、ウチの会社は情報を扱う会社です。
・あなたをお呼びしたのは企画の参加を勧めるためです。
・企画というのは、宣伝を目的としたもので、大手家電メーカー等の協力を得て運営しています。
・いままであなたは、電気屋さんや家電量販店で、家電を買っていたと思いますが、これに参加すると、問屋から直接商品を買うことが出来るようになります。当然店を通さない分だけ安くかえます。物によりますが、量販店で買う六〇%くらいの値段で買えます。
・あなたは必要な、又は欲しい家電があれば、我が社に電話をすれば、商品の情報の提供や、問屋への仲介をします。大手メーカーの協力を得ているので、我が社には、たくさんの商品の情報が集まってきます。
・あなたがこうした形で手に入れたもののよさが、口コミで色々な人に伝わるというのが、メーカーのねらいです。だから大手メーカーの協力が得られたのです。
・この企画は一生涯ご利用いただけます。
・家電はたいてい四年から八年で壊れてしまうといわれています。あなたが結婚して、家電を買いそろえて、それから、壊れたら買い替えて、ということをしていくと、八〇歳まで生きるとして、約二千万はかかります。しかし、このシステムを利用すれば、出費は一千万くらいになるので、約一千万得できます。この一千万という額は、普通のサラリーマンがこつこつ貯めて、二五年はかかります。
 とまあ、ここまで、ほうほう面白い話ですな、と聞いていたわけだが、ここからが本番だ。
・さて、この企画を利用するには、毎月四千円いただきます。そのうち千円は、情報料、三千円は運営費です。
・三千円は毎月払ってください。残りの千円はまとめて最初の三年間で払ってもらいます。三千円は、五〇年間払ってください。
・三千円というと多いと思うかも知れませんが、例えば新聞の値段は昭和〇年の頃と比べて、〇千倍になっています(細かい数字は忘れてしまった)。しかし、この三千円は何年たっても三千円でいいのです。実はこの企画が始まって最初の参加者のときは九〇〇円でした。今でもその方たちは毎月九〇〇円だけを払ってこの企画を利用しているのです。
・さあ、じゃ、この契約書にサインを。
 というわけだ。
 ここまで、僕は、ほとんど口をはさまず、ひたすら相手にしゃべらせた。
 そして最後に一言。
「すいません。お断わりします」
と言った。
 僕が相手の話を聞いて、なぜこの話を断ることにしたのか(始めから受ける気はなかったが)、その理由を述べよう。
①家電にかかるお金は、一生のうちに二千万かどうかはわからない。電気屋や量販店で買うという以外にも、人からもらったり、中古で買うなどの方法も考えられる。耐久年数もこれから出る製品は延びるかもしれない。
②毎月三千円というお金が出ていく。最初の三年くらいは何万も払うことになる。これは大学生の僕にとって負担が大きい。
③自分がこれを利用することになると、毎月三千円払っているが、元が取れているのかを気にしてしまうだろう。それはたとえ元が取れていても、豊かな人生という感じがしない。
 こういった理由から
「お話を伺って考えたんですが、僕には少し合わないようです」
と付け加えた。
「あ、そうですか」
達夫は言った。達夫は僕に断られても終始丁寧な態度だった。そして、これはいいですからと、飲み物代も払ってくれた(経費で落ちるのだろうが)。
 さて僕はといえば。この一件で、かなり気分が良くなった。何だか自信に満ちてきた。
 相手の説明を冷静に分析し、しっかりと断る理由を見付け、そしてはっきりと断った。すべて完璧にできたのだから。
 そのあと、京王のビル(京王ショッピングセンターって言うんだっけ?)で買物をした。
 八王子。来てみるものだ。僕はこの京王ビルが気に入ってしまった。ウキウキ気分で買物を楽しんだ。
 最上階の本屋で、僕のテンションも最上階にあがって、トランス状態に入った。今の自分なら何でも出来ると思った。
 本を買うとき、レジの店員の女性の顔をまじまじ見つめてみたり。いつもの僕ではない。
 その気分は、その日一日続いた。人生ってなんて楽しいんだろうなんて思った。
 もちろん次の日から、元に戻ったことは言うまでもない。

ここから先は

0字
買っていただいても、いただかなくても、こちらは特に気にしません。置いておきますので、どうぞご自由に……。

今はすっかり静かなバーの似合うナイスミドルになった中井佑陽ですが(行ったことはない)、大学生だった頃もあります。そんな若かりし頃に書いたエ…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?