『さよなら僕の性格』第18話 なすび
輪をかけてみじめな立場に追いやられた僕に、さらなる不幸が訪れた。
朝、いつものように、自転車で学校に向かう。道の両サイドが田畑だらけで群馬らしさを全力で醸している。
群馬とは言え、朝の時間帯は人が多い。多くの通勤の車や通学の自転車が道を行き交う。
群馬とは言え、僕の通う高校以外にもたくさん高校はある。従って、この時間帯は、別の高校に向かう生徒と、道ですれ違うことにもなる。
「なすび!」
――何だ? 耳元で、女の声が……。
振り返ると、自転車に乗った女子高生二人がゲラゲラ笑っている。あの二人組が、すれ違いざまに僕に「なすび」と……。なすび?
察するに「なすび」は、当時、テレビの『電波少年』という番組で懸賞生活という企画にチャレンジしていた芸人のことだろう。
ちょっと面長いい男タイプの僕に対して、あろうことか、「なすび」と罵声を浴びせてきたのだ。
やり場のない怒りがこみ上げる。
「くそ、なすびめ! お前さえいなければ……!」
翌日も、その翌日も、一日空けてその翌日も……、頻繁に同じことが起きた。
すれ違いざま「な~すび!」。ケタケタゲラゲラ。「なすび!」ゲラゲラ。
女子高生から見て、僕はなすびなのだという、厳しい現実が突きつけられた。完全に馬鹿にされている……。殿中で吉良に斬りかかった浅野内匠頭も、きっとこんな気持ちだったのだろう。開き直って「は~い、なすびで~す」などという気にはとてもなれない。
すれ違うときだから、口汚く罵ってくるその二人の顔もきちんと見られていない。いつも不意打ち気味になすびは飛んでくる。
僕はなすびをぶつけられても、唇をかみしめ、無視を決め込んだ。
動揺を見せたら負けだと、「なすび」に対して一切反応しなかった。
「な~すびっ! キムチ食べてる?」
「ぎゃはははは」
いつしか電波少年の懸賞生活は「韓国編」がスタートしていた。
僕は漬け物が大の苦手でキムチも食べられない。しかし「食べてない」などと返したら向こうもつけあがるだけだ。
徹底して無視を決め込む。
無視作戦が功を奏したのか、「キムチ食べてる?」を最後に、「なすび」とすれ違いざまに罵られることはなくなった。
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