フィルム_フェスタ

『さよなら僕の性格』第22話 文化祭

6月。迷惑なことに、僕の通っていた高校にも文化祭があった。

孤立、辛抱、気疲れ、狂騒、居残り仕事、後片付け、強制労働……。「文化祭といえば?」でパッと思いつくイメージワードを挙げるとこんな感じだろう。何一ついいことはないのに、なぜこんな行事をやるのだろう。

文化祭があるのは三年に一回。だから、いつ入学するかで、1~3どの学年で文化祭があるのか変わる。僕の場合、2年生の時だった。

「2年生で文化祭ができて、よかったですね。1年生だと、まだ学校に慣れていない時期ですし、3年生だと、受験で忙しい時期ですから、2年生だと丁度いいですね」

などと先生は言っているが、2年生になっても、まだクラスメイトとしゃべったことのない僕にとってはどうでもいいことだった。そんな方便はどの学年にも言える。1年生には「早々に仲を深めるチャンス」、3年生には「高校最後の思い出づくり」とか言っておけばいい。

夜遅くまで残って準備などというのが定番だが、その時期、僕はどうしていたのか、よく覚えていない。部活での出し物もあったから、それに向けての練習とかは、ある程度したのだろう。

なにやら画用紙に描かれた地球の絵に、絵の具で色塗りをさせられたのは覚えている。

クラスでの出し物は紙芝居だった。喫茶店でもお化け屋敷でもない。紙芝居である。

誰が本文を書いたか知らないが、地球の環境問題について調べたことをまとめた、面白くはないけど「そうだね。大事なことだね」と誰もが頷く、当たり障りない内容だ。

「地球誕生から45億年。地球の時間に比べたら、僕たちが生きる時間は、ほんの一瞬。でもその一瞬でもできることはたくさんある」などと、締めくくっていた。

そのまとめ方には、全く共感できなかった。

地球の歴史の中で、僕らが生きるのが一瞬だというなら、その一瞬に起こることなんて、些細なことだから、自分たちさえよければ、あとは地球の環境がどうなろうが、別にどうでもいいという考えに至りそうだ。一億年後の地球のことも考えて環境を守れと言われても、自分とは無関係なのだから、とてもやる気にはならない。

地球環境を本当によくしたいなら、地球45億年の歴史などという大きな規模で考えるのは、逆効果である。それならまだ、自分の子供や孫が悪化した環境の中で苦しんで生きている近い未来の様子を描いた方が環境問題に取り組もうという気になるだろう。

もちろん、この紙芝居に説得力がないことを力説する気にはならなかった。ただただ「無意味だなあ」と思いながら見ていた。

そうして、文化祭は開催された。

…………。

居場所がない。

普段なら、教室に自分の席という居場所がかろうじてあった。文化祭はそれさえ奪ってしまった。

僕の教室は、机が片づけられ、文化祭仕様になっていた。紙芝居をするための教卓が一台。そちらに向けて並べられたたくさんの椅子が、客席を作っていた。

黒板の下のコンセント差し込み口の手前に置かれたCDラジカセからは、ユーロビートか何かの「アイヤイヤー」みたいな曲がひたすら流れている。

すべてが友達がいない人を苦しめるための結界である。

学校中のどこにも友達がいない人は、文化祭期間中どこにいればいいのだろう。地球環境の前に、僕の居場所を守って欲しい。

教室には居場所がない。だからといって、下手に外に出歩いて、「楽しいイベントやってます」的な教室に入って、浮かれ騒いでいる人たちに話しかけられでもしたら、どんなひどい目に遭うかわからない。浮かれている明るい奴らの「土足で踏み荒す力」をなめてはいけない。

仕方なく、写真部の展覧会に行く。もちろん、写真に興味があるわけではない。ここなら、そっとしておいてもらえそうだったからだ。

写真を見ている振りをしながら展覧会場を歩くが、実際はほとんど写真など見ていない。どこでどう時間をつぶせばいいのか、この時間はいつまで続くのか、そんなことを考えていた。時間をかけて見たわりに、心に残っている写真は一枚もない。

写真部を一通り見終わると、行くところがないので、自分の教室に戻る。

教室のどこで何をすれば不自然に見えないのか、必死で考えるが、文化祭開催中に、一人でいるというだけで、どこにいようが、何をしようが十分不自然である。

とりあえず教室の教壇の端っこの方におずおずと腰掛けてみる。なぜか用もないのに、教室の隅に座っている。一体そんな僕を、紙芝居係のクラスメイトはどう思っているのだろう。考えてはいけないのに、辛くなるだけなのに、考えてしまう。

もう針のむしろである。

耐えられなくなって、教室を出る。

適当に廊下を歩く。なるべく人と目を合わせないように歩く。

どこの教室も文化祭仕様で、隠れる場所も見つからない。仕方なく、また写真部の展覧会に向かう。

そうして、自分の教室と、写真部を何度も往復して時間を過ごした。とにかくこの時間が早く過ぎてくれることを願った。

部活の顧問の先生とすれ違う。

「おう、楽しんでるか?」と声をかけられる

「楽しいわけないじゃないですか」と言うこともできず、ただ愛想笑いだけして通り過ぎた。

これが僕の高校の文化祭の思い出である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?