フィルム_フェスタ

『さよなら僕の性格』第4話 殻にこもる

何の意志もなく、流されて入部した部活。

そこはバイオリンやチェロ、キーボードなどでアンサンブルをやる部だった。

僕はバイオリンをやることになった。

「特に希望がないならバイオリンをやりなさい」という先生の言葉に、特に希望がなかったので、素直に従った。

先生や先輩たちに教えられながら、バイオリンの練習を始めた。

一年生は僕一人という状況ながら、とりあえず毎日、部活に通うことはできた。先輩たちが、それなりに親切にしてくれたというのが大きかった。

一方、クラスの方では、別の意味で、特に希望がなかった。

一切発言をすることなく、自分の席で、太陽が無事に昇り、降りていくのを、ただじっと待っていた。

もう、友達を作るということも、諦めていた。

クラスでの立ち位置みたいなものは、すっかり固まっていたし、それを変えるためのアクションを起こせる気もしなかった。人の前に立つと緊張で何も言えなくなる。これはどうにもならなかった。

今から、クラスで何か突然、いいことが起こるとは思えない。ならば、せめて、嫌なことが起こらないで欲しい。そんな気持ちで過ごしていたと思う。

……と思う。この頃のことは、何の記憶も浮かんでこない。


高校時代のことは、全体的によく覚えていない。

こうして、高校時代のことを書いてはいるが、この時代の記憶は、幼いとき以上におぼろげである。

断片的に浮かんでくるわずかな記憶から推理して補うしかない。記憶の資料が少なすぎる。

高校の頃のことは、とにかく忘れよう。そう思い続けてきた。辛い記憶はなるべく残すまい。それは、心を守るための防衛手段なのだろう。

自分がどのクラスに所属していたのかも覚えていない。高校一年のときの僕は、何年何組だっただろうか?

小学校のときのクラスメイトは、いや、同じ学年の奴は全員、アルバムで顔を見れば、今でも名前は言えると思う。

でも高校のクラスメイトは名前も顔もほとんど覚えていない。僕の中で、「道ですれ違う見知らぬ人」と「高校のクラスメイト」との間には、全く差がない。特に女子に関する記憶は、壊滅状態である。

もちろん、そのときの僕は、思春期の高校生である。女子を意識しないはずはない。短いスカートの女子高生がウヨウヨ歩いているのだ。それは気になる。

だが、僕である。僕が僕である以上、どうすることも出来ないのは、分かりきっていた。どうせ、恋人どころか、友達にも、話し相手にすらできない。

彼女たちの姿など、見れば見るほど、苦痛である。

だから、なるべく目に入らないようにシャットアウトしようとしていたのだろう。なるべく、興味を持たないように、見ないようにしていたのだと思う。

顔を上げず、周りをなるべく見ないようにする。他人に興味を持たないようにする。そんな風に過ごしたから、なおさら、その当時のことは記憶にないのである。


他人に興味を持とうとしない人物は、嫌われがちである、非難されがちである。でも、どうしようもなかった。

なるべく、見ないようにすることでしか、身を守れない場合だってある。

壁を作って、守りに入る。内にこもる。 どうせ、人と話せないなら、そんな自分をむき出しにして苦しむより、殻にこもった方が遙かに楽だ。

クラスでは自分の殻にこもり、先輩が親切に接してくれる部活にはとりあえず行く。

どうやら僕はそういう方向にシフトしていったようである。

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