『さよなら僕の性格』第15話 美術部にスカウトされる
美術の先生は芸大出身で、よく個展などを開いたりしているような人だった。
いつだったか授業のとき、「ちょっときてくれ」と美術室の隅に呼ばれた。
何かと思っていると「美術部に入らないか」と誘われた。
僕は、幼い頃からよく漫画を描いていたためか、絵のセンスがいくらか養われていて、バランスを見て形をとるなどの力が、普通の人よりはやや高かった。
クロッキーという、モデルを見て素早くスケッチするミッションを提出したものは、満点の点数と「Verygood」と評価をつけられて帰ってきた。通知表の成績も「5」。
どうやらそれで、スカウトされているようだ。
才能が認められて、美術をやらないかと誘われている。悪い気はしない。
美術部に入って、本格的に美術を学べば、その世界で大成功する可能性だってある。
『絵画コンクール最優秀賞中井佑陽さん。高校から美術を始め、才能が開花。才能を見抜いた美術教師』
みたいな記事が上毛新聞(群馬の地方新聞)に載るだろう。
誘われたのはありがたかったが、結論を言うと、僕は「音楽部に入っているので」と断った。
先生も「音楽をやってるなら仕方ない」と諦めてくれた。
音楽部も別にやっているのかやっていないのか良くわからないような状況だったけど、それを理由に断った。
僕は、勉強で一番を目指している。美術のような、一つの絵を仕上げるのに、膨大な時間を費やす行為をしていたら、勉強が出来なくなってしまう。
「学年トップを目指すんだ。悠長に絵なんて描いてる場合じゃない」ということだけは自分の中ではっきりしていた。
……これでいいのだ。
絵に情熱がない以上、美術部は断るのが筋だ。
ただ、美術部に入れば、新しい友達ができるかもしれない。そんな考えも、ちょっと頭をよぎる。
もし入る理由があるとすれば、そちらの方が大きい。
美術部には、学年に僕一人しかいない音楽部と違って、同じ学年に、男女数人ずつの部員がいる。もし仲良くなれば、始めに思い描いたような、高校生らしい生活も出来るかもしれない。
でも、もし上手くいかなかったら……。
考えるだけで怖い。やめよう。もういいのだ。僕はもう友達のいる華やかな高校生活は捨てたのだ。それよりも、いい大学に入ることに専念するのだ。そう決めたじゃないか。
入学して一年。一年間友達なしの生活を続けている。もう、気持ちは、諦めの形で完全に固まっていた。
今から友達を作るということに対しては、向ける気力もエネルギーも枯れ果てていた。
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