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坂本龍一著「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」を読み終えて。

まず凄いなと思ったのは、教授という人は、癌を患っていたと思えないほど、亡くなる直前まで、常人でも抱えきれないほどの、いくつかの大きなイベントや、音楽活動をこなしていましたこと。そして、死ぬ当日までのことが詳細に記述されていたことです。

自分の葬式で流す、音楽のセレクトまでも済ませていたというのも初めて知りました。そういったことは、ネットの記事だけ読んでもわからないことでした。

山田風太郎の奇書「人間臨終図鑑」をなどを読むと、有名人というのは、わりに死ぬ直前の記録は残っていなくて、簡素なものが多く、中にはあまりにもひっそりとしすぎて、または、家族や周囲の人から見放されて、不明となっている場合も多いのがわかります。

しかし、この本では、死ぬ直前のまでの教授の心の揺れや、周囲のスタッフや友人の言動まできちんと書かれています。

それは、もちろん坂本龍一という音楽家が、いかに多くの人に影響を与え、心酔されていたこともあるが、癌やその闘病について公表していたことも、大きいと思います。

自分としては、芸能人や有名人が「癌」であることを公表し、その闘病記録をあらわにすることに関しては、ずっと、いい印象を持っていませんでした。

しかし、この本を読んで考えが少し変わりました。そういうのもありかと。
有名人、そして特に、アーティストと呼びうる者は、死に至るような病気について、闘病の過程や、治療のについて公表してもいいような気が初めてしたのです。

アーティストというのは、己の作品だけではなく、否応なしに、その生き方、生き様までを、晒される、若しくは自ら晒してしまいがちです。どこか、生き様を含めて評価されてしまうところがあります。

生まれた以上、死ぬ宿命から絶対に逃げられないように、どうやって生きるかということだけではなく、どうやって死ぬかということも、とても重要なテーマです。

もちろん、人は死は選べません。ただ、死に方は選べます。今後高齢化社会、宗教離れが進んでいくと、この死に方というのは、年金問題と同じぐらいに、もっとシリアスで、身近な問題としてクローズアップされ、多くの関心を呼ぶようになっていくような気がします。

先日、感想を書いた宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」ではないですが、いつまでも、どう生きるか、生き方、稼ぎ方、生き残る方法だけではなく、
「君たちはどう死にたいか」かという死生観、もっと言えば、延命治療、安楽死を含めた生命倫理をテーマとした作品が、増えてくると思うし、増えていって欲しい気がします。

そして、この本は、前作の「音楽は自由にする」の続編として、一人のアーティストの後半生の生き方から、こうした死に方までを、正直に、丁寧な言葉で、まさに生の声で書かれています。

もちろん、この本から教授の音楽の変遷を辿ることもできますが、同時に、自分の病気、死を見つめていく過程、老いへの付き合い方、その論理の立て方、考え方が私としてはとても参考になりました。その過程で手にした本や、音楽はもちろんのことですが。

この本を読んで、「12」という最後のアルバムを再聴しました。それも繰り返し繰り返し。そして、この作品はスケッチというよりも、前作「async」とともに、音楽的な分岐点としても大事なアルバムで、これこそが教授の到達したかった境地ではなかったかと思いました。

自然にある音に、極力余計な音を加えない、音そのものを投げ出した、心象スケッチのような音楽。どこか、松尾芭蕉の俳句に似た。

それは、教授が、そして私も尊敬している「モノ派」の李禹煥の作品に現れた境地にも似ているからかもしれません。

当然、人の寿命に「もし」はありませんが、あともう少し長生きされていたら、その境地をさらに深められたように思います。

その果てに、ひょっとしたら、今までにない新しい音楽が生まれたかもしれません。禅や能などの日本的な古典文化を吸収し発展させたような。その何かの萌芽を、この「12」を聞いて少しだけ感じました。

そういった意味で、坂本龍一という偉大な音楽家を失ったことは悲しいですが、70歳になっても、芸術というのは進化させられるという、ある種の希望をも与えられました。

あとがきにもありますが、「坂本龍一」の中にも、ドビュッシーやタルコフスキーという影響を受けた先人たちの心や意識がきちんと生きていたように、私の中にも、坂本龍一という存在は、いつまでも残り続けると思います。

そして、大それたことを承知ですが、教授が達成した境地を自分なりに継承できたらなと。そう思うことが、ファンである自分としての、最大の追悼になるのかと思いました。

・・・かといって、私も近づきたい「モノ派」の意識というのは、どうやって文学に活かしていけるのだろう。と、考え始めると・・・つい悩んでしまうのですが。

ではまた 


夢はウォルト・ディズニーです。いつか仲村比呂ランドを作ります。 必ず・・たぶん・・おそらく・・奇跡が起きればですが。 最新刊は「救世主にはなれなくて」https://amzn.to/3JeaEOY English Site https://nakahi-works.com