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ムスタンの王は、いまだ人々の心の中に

File:Jigme Palbar Bista.jpg©Boerniefischer(CC BY-SA 3.0

ムスタンの仏教王

 2008年5月28日、ネパールは王制から共和制に移行した。

 旧ネパール王国はその領域内に四つの小さな藩王国を認めていた。そのうちの一つが、ムスタン王国である。しかし、これらの国々も、2008年のうちに中央政府の決定により廃止された。

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ネパールのなかの旧ムスタン王国の領域(赤)
©Hégésippe Cormier(CC BY-SA 3.0

 およそ半世紀にわたって在位していた最後のムスタン国王、ジグメーパルバル・ビスタは、同地において高い人気を誇っていた。2008年に公式な称号を剥奪されたものの、ムスタンの人々にとっての元国王の重要性はほとんど変わらなかった。

 王は、しばしば「クンドゥン」と呼ばれた。「尊いもの」や「存在」を意味するこのチベット語は、ダライ・ラマ法王を指すためにチベット人がよく使用するのと同じ呼び名である。チベット仏教を信仰するムスタンの人々にとって、王とはそのような存在だったのだ。

 そもそも2008年の廃位は、ネパール中央政府によって決定されたものだ。ムスタンの人々の大部分にしてみれば、王を廃位すると国が一方的に言ってきたところで、宗教的存在である王への態度を変える義理もないのである。

 そんなジグメーパルバル・ビスタも、闘病生活の末、2016年12月16日に世を去った。では、人気の高かったこの王を失ったことで、王に対するムスタンの人々の意識に変化はあったのか。答えは否だと言ってよかろう。

 ネパールの日刊英字新聞『Republica』の記事によると、旧ムスタン王国の首都ローマンタンの人々は、最後の王の甥であるJigme Singi Parwal Bistaを、自分たちの「王」であり守護者であるとみなしているらしい。

 ローマンタンの文化では、祭りを開催するためには王から許可を得る必要があり、人々は今日でも旧王家の裁可なしには祭りを行わないのだという。

 旧王家当主となったJigme Singi Parwal Bistaは、君主制の廃止後、自分はもう普通の人間になったと考えている。曰く、「私は王ではありません」。彼は、2015年のネパール大地震によって損傷してしまった王宮を退去して、現在はムスタンでロイヤルパレスリゾートを経営している。

 長い歴史を有したムスタン王国は、公的には2008年に滅亡した。旧王家の当主も自身を王だとは考えていない。しかし、ムスタンの人々は精神的には今なお「ムスタン王国」の民のままであり、その心の中に「ムスタン王」は依然として在り続けているのだ。

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