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なぜ、ルックバックが自分に刺さるのか

8月の半ば、フランスに留学する一週間前に「ルックバック」という映画を観た。
きっかけは幼馴染で親友の誘いだった。
「留学で一年会えなくなるから、その前に何かしようよ」
と。
親友は藝大に通っていて、自分も絵を描くことが好きなので、二人で観る映画としては、ぴったりのものだった。

原作は一度読んだことがあるのだが、ほとんど内容を記憶しておらず、見る前は藤本タツキ先生の別の読み切りが原作だと勘違いしていたほどである。

それが功を奏してか、ほとんど初見の気持ちで観ることが出来た。


開始1分で涙が出る


日曜だったか、東京の映画館で午後2時からの上映。
僕たちが入場したのは10分前だったが、その頃にはほとんどの席が埋まっていた。
僕が驚いたのは、若者だけでなく幅広い年代の方がいたことだ。むしろ、ご年配の方達が4割以上を占めていた。

席について、映画がはじまる。
最初のシーン、空から始まりそこからスッと降りてきて藤野が漫画を描く様子を後ろから映す象徴的なシーン。

この時点で涙が出た。

ひたすら絵を描いていた小学生時代を思い出した。その時の気持ちと、大学生になり絵で生きていくことを諦めた今の気持ちが同時に襲ってきた。
その時の様子や気持ちを、等身大で描くこのシーンは、自分が忘れていた大事な記憶を思い出させてくれる。

その時、
「この映画に今出会ったことが、これからの自分の人生を変える」
と思った。
もうこの映画に夢中だった。

絵を描いたことがある人なら絶対に味わうあの劣等感


「自分より上手い人なんてこの世の中には死ぬほどいるんだ。」

絵を描いていると、必ずぶち当たる壁だ。
同年代のすごい人を見るたびに、自分の絵に自信がなくなっていく。
今ならそうやって他人と比べることは良くないと理解できるが、小中学生の頃はそこまでわかるほど大人ではなかった。
大学2年の頃だって、同学年のとても絵が上手い人に尊敬と同時に嫉妬を抱いていた。
この感情は、他にはない絵の世界独特のものだと思う。今まで野球、バスケットボール、ピアノなど色々なことを経験してきたが、あの一枚の絵、一本の線で突きつけられる圧倒的な実力の差は、他のものでは経験しがたいものだと思う。

そんな壁にぶち当たった藤野は、挑むことを選んだ。
彼女はひたすら挑戦した。ひたすら絵を練習した。
彼女が絵の猛練習をする場面、「こんなこと自分もやったな〜」と懐かしく思った。

Haruka nakamuraさんの音楽も最高だ。藤野に寄り添うようなミニマルでいて美しい音楽がとてもマッチしていた。

嫉妬していた相手からの思わぬ賞賛


藤野と京本が初めて出会うシーン。
藤野は京本から予想外の反応をもらう。今までずっと嫉妬して追いつこうと頑張っても追いつけなかった相手から、思わぬ賞賛を受けたのだ。

僕は、この賞賛を素直に受け止めることができる藤野の勇気を、とてもすごいと思った。僕なら最初に家に入って大量のスケッチブックの束を見た瞬間に、逃げ出してしまいそうだ。

たった一人からの褒め言葉。ただその一言が、とんでもなく嬉しい時がある。憧れていた相手からであれば、なおさらだ。

その後の雨に打たれながらスキップをするシーンは言わずもがな、とても美しい。

京本の死。それでも絵を描き続ける理由は


突然知らされた京本の死。その時藤野は自分の無力さに打ちひしがれる。

「描いても何も役に立たないのに…」

京本の部屋を訪れる。京本と過ごした日々が走馬灯のように思い出される。
いつも未来だけ、前だけを見据えて進んできた彼女は、ここで初めて過去を、後ろを振り返るのだった。

「藤野ちゃんは、なんで描いてるの?」

過去に京本から尋ねられた質問を思い出した。当時は答えることができなかった質問。

京本との日々を思い返した藤野は、その答えを漫画家藤野にとって初めてで一番のファンである「京本の笑顔」に見出すのだった。

とてつもなく寄り添い、突き放してくる映画


この映画がなぜ自分に刺さるのか。
一つは、自分が過去に絵を描くことを職業にしたくて頑張っていたからだろう。この映画で描かれる一瞬一瞬が、過去の自分と重なりとてつもない共感と痛みを味わせてくる。
藤野が過去の自分に思えてきて、映画を見ながらずっと藤野を応援していた。序盤に絵を猛練習するシーンはまさにそうで、この映画で一番美しく印象的なシーンだ。

ずっと一貫して描かれる藤野が絵を描くシーンを背中から写したショット。
この背中から勇気をもらう。人からは見えない努力、苦悩、挫折、葛藤。
このシーンのおかげで、
「そんな自分を見てくれて気づいてくれる人はいる!」
と思うことができる。自分を肯定することができる。

絵描きが絵を描くことが題材の漫画を作り、絵描きがそれを映画にしたからこそ、絵を描く人にとって痛いほど伝わってくるリアリティと感情が生み出されたのだろう。
絵を描く人にとって、一番苦しいことと一番嬉しいことを60分に詰め込んだこの作品は、自分に寄り添っては突き放してくる。

良いことも悪いことも含めて、小学生だった頃の自分の純粋な気持ちを思い出させてくれるこの映画にとても感謝だ。

未来の自分へ


この映画を見た頃はまだ日本にいた8月。この記事を書いている場所がフランス、これから就活をしていよいよ社会に出ていく。

この映画が、自分の忘れていた大切な記憶を思い出させてくれた。そしてその記憶は自分の未来を変化させていくだろう。

僕はこの映画を見てから

『自分が生み出す物語で感動を共有する。自分と同じような経験をしている人を救えるように』

という夢ができた。noteに投稿し始めたのも、その夢に向かうための一歩といえるだろう。
これからいろんなことを経験するたびに、大切な記憶を忘れることもあるだろう。その時はまたこの映画をみて、その記憶をなくさないようにしたい。

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