共作小説【白い春~君に贈る歌~】第2章「海を眺めていた」②
……聞こえてくるのは、
絶え間なく打ち寄せる、さざ波の音。
……見えてくるのは、
星屑のように零れ落ちる砂。
……感じられるのは、
切り裂かれるような胸の痛み。
そして、溢れ出す愛。後悔。
どこまでも優しい風が、胸を吹き抜けていく。
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〈1月4日〉
「海を眺めていた」のエッセイを読み終えた。
しばらくの間、衝撃で動き出すことができなかった。
あまりにもその世界に深く入り込んでしまい、自分の身体の痛みなどすべて忘れてしまうほどに。
その代わり、胸の奥を何度も切り刻まれるような、鮮烈な痛みを感じていた。
これがきっと、三浦さんが体験した、深い悲しみの感覚。
彼女の心の闇に触れ、それらを全部背負い、愛し抜くと決めるのに、三浦さんはどれだけの勇気と覚悟がいったことだろう。
エッセイ集を読んだことで、私の朧げな記憶が、彩りをもって動き出す。
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どんな言葉もいらないから
どうか僕のそばにいてくれないか
愛の意味を探して失って
少し疲れてしまった 心のそばに
何を信じて生きていくの
まっすぐな瞳は悲しいこの世で
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この人、どうしてこんなに悲しい歌詞で歌うのだろう?
そして、苦しそうな曲なのに、なぜ爽やかな優しさを感じるのだろう?
透明感のある歌声とシリアスな歌詞のギャップに衝撃を受けた日。
今、その謎がようやく解けた。
あの曲は、別れた最愛の彼女の事を想って歌っていたのだ。
彼の曲が心に響いたのは、すべて本当のことを歌っていたから。
その証拠に、私は彼のCDを買っていた。
CDのデータが、まだPCの中に残っているかもしれない。
不自然に高鳴る胸の鼓動を感じる。
私は急いでPCを立ち上げ、古いPCから引き継いだ音楽フォルダを探すことにした。
……12年以上前のデータフォルダ。
お気に入りのCDをダウンロードして残していたはずだ。
ジャンルは幅広く、J-POP、洋楽、ダンスミュージックなどさまざま。
ヒットソングだけでなく、個人的に気に入った推しアーティストのCD一覧がぞろっと並ぶ。
沢山のデータの中から、やっとのことで探していた音楽データを見つけた。
私はPCにイヤホンを繋いで、恐る恐るそのアルバムデータを聞き始める。
あっという間に、楽曲の世界観に吸い込まれていく……。
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Good-bye 今 悲しみなんてさ
宇宙船から見たら ちっぽけすぎて
Good-bye 今 僕がそばにいて
君を守るから
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明るい曲調に澄んだ声。
彼の初期の代表作としてよく知られた曲だ。
この曲には、彼女を守りたいという強い願いが込められていたのだろう。
「僕が君を守る」
そう決意するストレートな言霊が響く。
もっとも私は、宇宙からの視点で悲しみの小ささを歌うなんて、独特の感性の持ち主だな、とも感じるのだが。
この曲の陰に、苦しみながら明るい歌を作り出していた彼がいたと思うと、胸が痛む。
こうして自分が歌を歌うことで、彼女に光ある美しい世界を見せてあげたい。
本気でそう思っていたのだろう。
三浦さんの曲からは、彼女へのひたむきな温かさ、そして葛藤が伝わってくる。
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悲しそうな瞳をしている
君は何を見つめているの
僕はもっと もっと知りたい
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今日も君は笑ってた
みんなと距離を測ってさ
心は雨に痛んだろう
誰も知らぬ夜にいたんだろう
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どこに行ってもなかった
愛は嘘つきなのか
君に絡まった あの過去を
今僕はここで解きたい
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夜遅くそばにいて 一緒に待っててくれた
穏やかな朝日を 2人でずっと
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君が眠るまで 僕は歌を歌おう
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君には何もないんだって
死にたい夜も きっとあったって
君は僕の光
だから 君のその手引いてゆく
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汚れたこの世界で 僕らは失って
あの鳥たちに追いつけなかった
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だから 君を傷つけ 自分も傷つけたよ
認めてほしくて 自分の存在を
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彼女の心の闇は根深かった。
いくら愛の歌を作って届けても、いつも消えない影に怯えている。
もう少しで近づける。彼女が怯えている過去を消し去れる。
そう思ったのもつかの間、彼女はまた後ろを向き、闇の世界に逆戻りしようとする。
三浦さんもまた、奈落の底に突き落とされる。
彼女を励ますために作っていたはずの曲が、いつしか、苦しみの世界でもがく自分を表現する曲へと変わっていく。
そして、印象的な一曲が私の心に甦った。
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帰り道 瞬く星の灯は涙を照らした
僕はどこへ行けば
君を傷つけたこの空が嫌いで
帰り道 瞬く星の灯よ
僕を殺してよ 光のない僕を
行かないで ずっと不安で
心はいつも苦しくて
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皮肉なことに、傷つきながら生み出した曲が、切ないバラードとなって、多くの人の心を揺さぶる。
出口のないトンネルのような苦悩を、曲で表現できるのならば、まだいい方だ。
段々に、負のエネルギーすら、曲に昇華していくことが難しくなる。
どんなに愛しても愛しても、その愛がすり抜けていく感覚。
まるで、指先から零れ落ちる砂のように。
やがて、息をすることすら、苦しくなる。
抜け出せない闇の世界に、自分までもが溺れてしまいそうになる。
心が死んでいく――。
彼の精神状態は、限界に近づいていたのだろうか。
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三浦さんのアルバムを聞き終わった私は、自然と涙を流していた。
感性があまりにも豊かだから、人の気持ちに敏感すぎてしまう。
だから、苦しんでいる彼女を放っておくことができない。
彼女の苦痛を、まるで自分のことのように感じてしまう。
その特性は芸術活動においては大いにプラスだけど、現実を生き抜くのはとても辛いはずだ。
苦しみ抜いた末にリリースされた曲の数々は、多くの人の心を震わせたことだろう。
でも、彼が命を削るように曲を紡ぎ出していたこと、知っている人は数少ないかもしれない。
傷ついた人を癒し、支えるって難しいことだ。
客観的に見たら、そこまで愛された彼女は、とっても幸せ者だと思う。
本気で彼女を大切に想っていたからこそ、倒れるまで頑張れたのだろう。
真剣に、一人の女性のことを愛し抜いたこと、誇りに思ってほしいぐらいだ。
注いだ愛の分、きっと世界は美しくなる。
彼女へ向けた愛が、音楽という形に変わって、心ある人たちに届いたのだから。
その苦しみは、決して無駄ではなかったはずだ。
曲を通して、私には、彼の心象風景がありありと浮かんで来る。
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青春という言葉が嫌いだ。
私にあるのは、黒い春だ。
影を消す場所を、一人探し続けている。
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じわりと滲む涙をこすり、私はペンを手に取った。
今の自分にできる方法は一つしかない。
いつか彼が読む日も来るかもしれない。
詩を書き留めておくために、日記の頁を捲った。
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