見出し画像

ナカさんのクラシック音楽コラム 20 《手放せない音楽》 「西から吹く風」~英国の歌は抒情豊かに~前田ヒロミツ

2019年は心に残る男性ヴォーカルとの出会いがありました。一人は台湾のポップス歌手、費玉清でもう一人は日本のテノール歌手、前田ヒロミツさん。費玉清はまた別の機会にご紹介するとして、今回は前田ヒロミツさんのCDをご紹介します。

私が歌っていたアマチュア合唱団に、前田さんはプロの歌手で賛助出演してくださっていました。そのご縁で前田さんのソロリサイタルにお伺いしましたら、前半はイギリス歌曲、後半は歌謡曲というプログラム。前田さんはイギリスで声楽を学ばれていたそうですので、珍しいレパートリーもお持ちです。がしかし、歌謡曲はどうなの。。。前からクラシック声楽家が歌う歌謡曲ってちょっと苦手で内心(ビブラートばんばんかけてイタリアオペラみたいに歌っちゃうのかしら。。)と身構え、しかもプログラムにある曲は私が大好きな村下孝蔵さんの「初恋」だし。ガチクラシック歌唱は勘弁よと思っていましたところ。。。。杞憂でした。こちらの完敗でした。心の中で(先入観スミマセンでした)と手をあわせました。平浩二さんの「バス・ストップ」も感服しました。もちろんイギリス歌曲も素晴らしかったのですが、ナチュラルで澄んだ歌唱スタイルにちょっと感心したのでした。

リサイタルの歌が心に残り、その後にこのCDを購入。
COO-RECORDS(クー・レコーズ)という日本のレーベルから出ています。

イギリス音楽といえば古くはダウランド、ヘンデル、新しめだとエルガーやホルスト、その程度しかすぐに名前があがりません。クラシック音楽といえば日本ではやはりウィーン・ドイツ、そしてイタリアやロシアが中心でイギリスはやや存在感薄めでしょうか。このCDにはクィルターやウォーロックなどのあまり日本では聴く機会のない英国歌曲が収録されています。叙情的で翳りのあるメロディー。曇り空に湿った空気。雲間からさっと差し込む光。短い夏。イギリスの音楽ってそんなイメージ。朝露のような美しさのダウランド。水のように空気のように澄んだ音楽が気持ち良い。

前田さんの歌に出会ってしばらくたったころ、霞ケ浦にでかけました。
自転車で湖畔を走りながらこのCDを聴いていました。一面に青々と広がる蓮の畑。どこまでも高く広がる空。水を渡る風。晩夏の曇り空。夕立。遠くに薄くかかる虹。そんな風景に前田ヒロミツさんの歌がとてもよくあいました。
音楽と記憶の結びつきというのは不思議な感覚で、皆さんにも「この音楽を聴くとあの時の事を思い出す」という曲があると思いますが、この英国歌曲集は霞ケ浦の思い出と結びついてしまいました。漕いでも漕いでもひたすら霞ケ浦の水面しか見えない。。。英国とぜんぜん関係なくてスミマセン(笑)
心の中の湖にしずくを落として水面が揺れるような、そんな歌に出会えてよかったな、と思います、2019年の夏。

このCD、選曲の良さも光りますが魅力はなんといっても前田さんの歌唱の素晴らしさだと思います。
クラシックすぎない、かつカジュアルすぎない、心地よい歌い方と声質です。英語の発音も抜群に上手く子音も美しい。できればクラシック普段聴かないポピュラー寄りを好む方にも聴いてみて欲しい。
あまり英国歌曲をフューチャーする演奏会はないと思いますのでもっと前田さんにはご活躍願いたいと思っています。

ベルカントで歌い上げるようなテノールも良いですが、心の内側に語り掛けてくるような優しいテノールもまた良いものです。少し肌寒い夏の夕暮れにいい香りのお茶でも飲みながら聴いてみてください。
三平順子さんのピアノもとても素敵。キラキラと光の粒のような音と柔らかなタッチが前田さんの優しい声と溶け合っています。

「COO-RECORDS(クー・レコーズ)」ですが、前田さんのCDを手にする以前にホルンの古野淳さんやマリンバの北澤恵美子さんのCDを聴いたことがありました。素晴らしい日本人アーチストのCDが揃っています。もっと多くの人に耳を傾けて欲しいです。こういう小さなレーベルの方がジャケットデザインもライナーも質が良い。歌詞対訳もちゃんと付いてるし。最近のCDは簡素なつくりが多いですが、こういうインディーズレーベルの方が「良い音楽がこのCDには入ってますよ」という愛情が手を通して伝わってくるような気がします。

2020.7


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?