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【断捨離】禅から学ぶモノの手放し方
![上質な部屋の画像](https://assets.st-note.com/img/1656298362936-HlJZ7lAUmf.png?width=1200)
「モノが多くて捨てられない…」
「家のなかがモノでいっぱいでどうにかして断捨離したい…」
「いつか使うかも、無くなったら困るかもしれないと不安でモノが手放せない…」
あなたはこのような悩みを抱えていませんか? 今回は、禅の知恵をかりて断捨離が進められるテクニックを「禅捨離」と名付けて紹介していきます。
はじめに:本来無一物とは
禅には「本来無一物」という言葉があります。
「すべてのものは本質的に空であるため、執着するようなモノはなにもない」という意味です。わかりやすくいうと、「自分が持てるモノは本来、なにもない」ということになります。
「空」とは少し理解が難しい概念ですが、簡単にいうと「有と無の上位に位置する概念」です。私も完全に理解しているわけではありませんが、体感として納得しています。
このように、すべては空であるため執着するものなどないという、「本来無一物」の考え方を一部でも生活にとりいれることで、モノに執着することなく簡単にモノ手放せるようになります。
これにより断捨離が進み、シンプルかつミニマルな暮らしが実現するでしょう。
今回の教養は下記の書籍を参考に執筆しています。
![[禅的]持たない生き方の画像](https://assets.st-note.com/img/1655715054713-XiC4RbFKXc.png?width=1200)
著者の金嶽 宗信氏は、12歳で京都大徳寺大仙院住職尾関 宗園師に就き、仏門に入り、10年間の小僧生活、10年間の大徳寺僧堂での修行の後、東京・渋谷区広尾の臨済宗大徳寺派香林院住職となっています。
![金嶽 宗信氏の画像](https://assets.st-note.com/img/1656300640308-BQIMxWKYLv.png?width=1200)
また、NHK大河ドラマ「功名が辻」「風林火山」などの仏事監修・指導や各種講演活動も行っています。
モノは多いほうがいい?
「モノや選択肢は多いほうがいい」
「制限や制約はないほうが自由でいい」
「現代は何でも手に入るから豊かだ」
昔と比べて、このように考えている人は増えているのではないでしょうか?
たしかに、なにかを選ぶ際は選択肢が多いほうが、より良い選択ができそうなイメージがありますよね。例えば、スーパーにジャムを買いに行った際に、ジャムの種類がたくさんある方が満足のいく商品を買えそうです。
しかし実は、人間は選択肢が多いほど悩んでしまい、結果的になにも選べなくなってしまうことがわかっています。
この法則は「ジャムの法則(決定回避の法則)」という名前で知られており、コロンビア大学のシーア・アイエンガー教授によって提唱されました。
ジャムの法則
ジャムの法則とは、選択肢が多すぎるせいでそのなかから選ぶことが難しく感じる心理現象のことです。
アイエンガー教授はジャムの試食販売をする実験を行いました。実験では、被験者を下記の2グループに分けて、それぞれで取り扱うジャムの種類を変えて売れ行きを観察しました。
グループA:6種類のジャムを置く
グループB:24種類のジャムを置く
![ジャムの法則の画像](https://assets.st-note.com/img/1656297808112-BBeXAyTyZB.png?width=1200)
一般的に、種類が多いほうがよく売れそうな気がしますよね。しかし実際は、試食後に購入した割合は下記のようになりました。
グループA:30%
グループB:3%
なんと、6種類しかジャムを置かなかったグループAのほうが、選べる種類が豊富だったグループBと比べて10倍も成約率が高まったのです。
![ジャムの法則の画像](https://assets.st-note.com/img/1656297923674-nZy3lQXD1x.png?width=1200)
このように、私たちは選択肢が多いほうが良いと無意識に考えがちですが、選択肢が多すぎると選ぶことが難しくなり、より人生が複雑なものになってしまうのです。
シンプルに生きるのであれば、選択肢は少ないほうがよいのかもしれません。
膨大な選択を迫られる現代
ところが、シンプルに生きたいと思っても、現代はあらゆる情報やコンテンツで溢れており、常に私たちに選択を迫ってきています。
![ネットサービスのロゴ](https://assets.st-note.com/img/1656298647198-BRg2YCvDjj.png?width=1200)
例えば、私はAmazonプライムビデオで映画をみることがありますが、ご存知の通り、この手のサブスクリプションサービスには膨大なコンテンツが用意されています。
そこで、まずは「どの映画をみようかな?」とリモコンを手に取り、映画のサムネイルを横に延々とスクロールをして、気になるものがあれば詳細をみますが、そこで「他にもっと面白そうなものがあるかもしれない…」と考えてしまい再び横スクロールをはじめるのです。
![迷う人の画像](https://assets.st-note.com/img/1656298055230-9P7Li6klYU.png?width=1200)
そうこうしているうちに時間が経過してしまい、「また今度でいいや」と見るのを諦めてしまいます。もちろん、普通に映画をみることもありますが、このような「映画を選ぶ時間と労力」がもったいなく感じてしまい、そもそも映画をみようとすら思わなくなっていきました。
これこそまさに前述した「ジャムの法則」です。選択肢が多すぎてそもそも選ぶことを放棄してしまうのです。その結果、特別面白いわけでもないがなんとなくみてしまうYouTubeの動画を流して時間をムダにしてしまいます。
現代人は余裕がない
このようなことになるのは、心に余裕がないからかもしれません。
現代人は、「桶いっぱいに水が張っている状態」と言い換えられます。つまり、常にいっぱいいっぱいで余裕がない状態ということです。
実際、電子機器の製造販売を行う株式会社ワコムが、20代から40代の社会人363名を対象に行った調査によると、「時間が足りない(もっと欲しい)と思うことがある」と回答した人は、87.3%にものぼりました。
![時間が足りないと思う人の画像](https://assets.st-note.com/img/1656299012135-JVflHMqs8k.png?width=1200)
時間に余裕がなく常に忙しくしていると、気持ちにも余裕がなくなり、新しいことを受け入れられません。また、失敗の可能性がある挑戦をする余裕もなくなってしまいます。
そこで今、現代人に求められることは、モノを減らすことで精神的にも物理的にも余裕のある暮らしをすることです。
なぜなら、モノが多く物理的に無秩序な空間は、人にストレスを与えてさらに心の余裕を奪ってしまうためです。ホンド大学ビジネス・スクール助教授のリビー・サンダー氏は下記のように語っています。
私の研究を含むいくつかの研究で、物理的環境が認知や感情、行動、さらには意思決定や他者との関係にまで影響を与えることが明らかになっている。散らかった空間は、ストレスや不安のレベルだけでなく、集中力、食の選択、そして睡眠にさえネガティブな影響を与えうる。
![散らかったデスクの画像](https://assets.st-note.com/img/1656299887581-T0Mb79rJ20.png)
さらに、カルフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームが32の家族の生活ぶりを調査した結果、散らかった環境で生活している母親のほうが、不安やうつを誘発するストレスホルモンの「コルチゾール」の血中濃度が高かったことがわかりました(参考:STUDY HACKER)。
このように物理的にモノが多かったり散らかっていたりすると、多くのデメリットが生じるのです。
モノが増えると執着も増える
![ミニマリストの部屋の画像](https://assets.st-note.com/img/1656300466250-djCbnz7hKP.png?width=1200)
最近、ミニマリストと呼ばれるモノを持たずにシンプルなライフスタイルをおくる人が注目を集めています。
これは、少し前の「モノは多いほど豊かだ」という価値観や、モノを大量に生産しては消費する大量消費社会のカウンターカルチャーと言い換えられるでしょう。
しかし、それでもミニマリストのような生活を実際に送っている人はごく一部で、多くの人はまだまだモノに囲まれた生活を送っています。
ただ、同時に断捨離ブームや片付け本、収納術なども流行っているように、多くの人は「モノを持ちたい」という欲求と「シンプルな暮らしがしたい」という願望がぶつかっているように感じます。
![物欲が止まらない人の画像](https://assets.st-note.com/img/1656308479292-W4VsGZUGmi.png)
では、なぜ多くの人はモノを手放せないのでしょうか? それは、モノを手放すことで困ったり不便になったりするのを恐れているためです。つまり、「モノに執着している」ということです。
ですが、著者の金嶽宗信氏は「実は、モノを持たないほうが幸せを感じられる」としており、これを意識することでモノを手放しやすくなるのです。
したがって、現代人にとって重要なのは「モノを手放す力」といえます。 そこで、ここからは禅の知恵を借りた「モノの手放し方」をみていきましょう。
禅捨離① 持てるモノの「上限」を決める
まず、1つ目の禅的断捨離テクニックは、持てるモノの上限を決めることです。
著者の金嶽 宗信氏は、修行僧のときの自分の持ち物は衣服以外、すべて一箱の「柳行李」に入る分だけと決められていました。柳行李とは、木の皮と麻糸でつくられた箱のことです。
![柳行李の画像](https://assets.st-note.com/img/1655711362083-WDdvyTVmYY.png?width=1200)
つまり、衣服以外のすべての持ち物はこの箱におさまる量しか所有できないのです。現代人ならすべての持ち物のうち1割も入らないのではないでしょうか?
当時、金嶽 宗信氏は、
食器
ティッシュペーパー
歯ブラシ
ハンドタオル1枚
だけを持っていました。また、柳行李のほかには1人につき棚一段分(30cm×120cmほど)のスペースを使用できるため、そこには食器の持鉢と湯飲みをおいていたそうです。
このように、禅僧のように「箱に入る分だけ」「棚に置ける分だけ」とあらかじめ自分が所有できるモノの上限を決めておくことは、モノを持ちすぎないための方法として効果的です。
それ以上のモノを持つ場合は、どれかを手放さなければなりません。この行為によって、自分の価値観に優先順位をつけることができ、自分がなにを大事にしているかを知ることができます。
![価値観を知るための言葉リスト](https://assets.st-note.com/img/1656314771378-jAisC1xq3x.png)
(出典:ビジネスキャリア・コンサルティング)
自分の価値観を明確にせず生きることは、漠然と生きることにつながり、「心の安らぎ」を得られなくなるでしょう。
モノを持つことの弊害とは
モノを手放してミニマルに過ごすことは、執着を減らすことにつながります。しかし逆にモノを所有すると、所有したモノ自体に対してさまざまな執着が生まれます。そして、連鎖的に執着するモノが増えていくのです。
例えば、こだわりの包丁を一本買ったとします。すると、包丁を手入れするための道具や、料理を盛り付けるこだわりのお皿が欲しくなるなど、次々に執着が連鎖するのです。
こうして気づいたらモノだらけになり、モノを所有するのではなく「モノに所有される」状態になってしまいます。モノの主人ではなく「モノが主人」になってしまうのです。
このような状態では、執着によって人生が複雑になり「心の安らぎ」を得られなくなります。だからこそモノを手放し、より少なくミニマルに生きることが大切になります。
禅捨離② モノに「感謝」する
2つ目の断捨離テクニックは、モノに「感謝」することです。
![感謝の正拳突きの画像](https://assets.st-note.com/img/1656312527046-8zt1l0rWB8.png)
現在、日本はさまざまな問題や課題を抱えており、経済的に明るい展望がなく、厳しい状態にあります。
しかし、日本は世界的にみてもかなり恵まれた国であり、日本に生まれている時点で私たちはかなりの幸運といえます。
不況とデフレが長引いているとはいえ、日本はGDP(国内総生産)が世界第3位の大国であり、食べ物のおいしさ、街や空気のきれいさなどの環境、治安・衛生、インフラなどは世界トップクラスです。
参考までに、日本の良いところをアンケートで調査した結果を見てみましょう。
![](https://assets.st-note.com/img/1656313066814-0QjjRh5uCW.png)
蛇口をひねればそのままでぶガブガブ飲める美味しい水がでて、毎日食事に困ることはありません。私たちは普段、このような環境に対して感謝しているでしょうか?
多くの人は「これが当たり前」として受け入れており、感謝するどころか不平不満を口にして「もっともっと」と執着をあらわにしています。もちろん、私も人のことをいえるほど立派な人間ではないため、この点に注意しなければなりません。
感謝の気持ちをとりもどすには
そこで、感謝の気持ちをとりもどすために、今、「あって当たり前」だと思っているモノを1つずつリストアップしてみてください。
例えば、
車
住居
食器
衣服
食べ物
スマートフォン
インターネット
水道やガス、電気などのライフライン
などが挙げられますね。これらのうち、どれか1つでもなくなったところを想像しましょう。おそらく、すぐに困ってしまいます。私たちは普段、何気なく使っていても、そのありがたみを忘れないようにすることが重要です。
感謝によってモノを減らす
では、なぜ感謝がモノを減らすことにつながるのでしょうか?
それは、「モノがあって当たり前」という生活や考えを改めることができるためです。「今あるモノ」のありがたみを理解し、感謝できるようになれば次々とモノを買うことがなくなります。
例えば、スマートフォンは毎年のように新機種が発売されますが、そのたびに買い替える人がいます。しかし、スマートフォンはたった1年で使えなくなるモノではないため、本来は買い替える必要はありません。
![](https://assets.st-note.com/img/1656313460595-aEb3N15PKT.png?width=1200)
また、最新の機能がついていたとしても、本当に生きていくうえで必要な機能は限られています。スマートフォンに限らず服やガジェット、雑貨など、それは本当に自分の人生に必要なのかどうか、買う前にもう一度考える必要があるでしょう。
「今あるモノ」に感謝して意識を向けることで、新たにモノを持つことに抵抗できるのです。
「家貧しくして道富む」
著者の金嶽 宗信氏は本書で、好きな言葉として「家貧しくて道富む」を挙げています。この「道」は「どう」と読み、歩く道のことではなく生き様や生きていく道のようなものを指しています。
この言葉は「嘉泰普灯録│《かたいふとうろく》」という、禅の歴史について書かれた書物にでてくる言葉です。
「お金持ちやモノをたくさん所有している人は、物欲によって人生が狂ってしまうことが多いが、貧しい人は必要以上にモノを求めないため、欲におぼれて人生を踏み外すことがなく、真実の道を歩むことができる」という意味があります。
禅捨離③ 「工夫や失敗」を楽しむ
3つ目の断捨離テクニックは、「工夫や失敗」を楽しむことです。
スマートフォンやゲーム、映画・音楽のサブスクリプションサービスがなかった時代に遊ぶには、自分の頭をつかう必要がありました。
子どもは木の棒一本でチャンバラごっこをしたり、土に絵を描いて遊んだりしていたのです。たった一本の木の棒でも創意工夫をして楽しむ努力をしていました。
しかし、現代はどうでしょうか。スマホ1つあれば無限に遊ぶことができます。というより遊ぶためのコンテンツが多すぎて消費しきれず、むしろコンテンツを消費するために疲弊することすらあります。
![スマホ中毒の画像](https://assets.st-note.com/img/1656318180869-uUIIgTK49M.png)
これでは本末転倒です。
また、人は可能な限りエネルギーを節約し、楽をしようとするためモノやサービスが豊富にあり、便利になるほど自分の頭で考えなくなります。
現代はモノが豊富にありますが、実際はなくてもあまり困らなかったり、代用できるモノもよくありますよね。そもそも使う必要がないモノだってたくさんあるでしょう。
そういったモノは思い切って手放してみることで、断捨離がはかどります。
必要ないモノはたくさんある
「でも、無かったら困るモノもたくさんあるから捨てられない」
と感じる方もいるかと思います。
しかし、それは本当でしょうか?
金嶽 宗信氏は、『お寺の修行では「やったことがないからできない」というのは理由にならない』と述べています。
つまり、「捨てたら困るかもしれない」というのは、「それがない状態になったことがないからできない」と思いこんでいるだけなのです。実際には無くてもなにも困らないことのほうが多いでしょう。
![](https://assets.st-note.com/img/1656318373824-elpsYJ5viw.png)
もちろん、手放すことで困ることや失敗することもあります。しかし、まずは自分の知恵や工夫によって乗り切ることが重要です。失敗しなければなにも学ぶことはできません。
失敗することで、工夫が生まれるのです。失敗や工夫を楽しんでしまえばよいのです。
禅捨離④ 「今」必要かどうかで考える
モノを手放すときは、自分なりの基準を設定することが大切です。
金嶽 宗信氏は「今、必要かどうか」という基準を推奨しており、これはモノを手放す際に非常に使いやすい基準ではないでしょうか。
例えば、私は少し高いお菓子に使われている外箱や紙袋などを捨てるのがもったいなくて、気がついたらたくさん溜まっていることがあります。捨てようと思っても「いつか使えるかもしれないし…」と考えてしまい、手放せません。
![](https://assets.st-note.com/img/1656318611368-QjYSyerlW8.png?width=1200)
しかし、「今、必要かどうか」で考えてみると、全く必要ないのです。このように考えることで難しいことを考えずともサクサク捨てられます。
私たちは、なにかを手放す際に、
「これから使うかもしれない…」
「いつか必要になるかもしれない…」
「捨てたら将来的に困るかもしれない…」
と考えがちです。
しかし、人生において大切なのは「未来」ではなく「今」です。下記の教養でも解説したように、禅や仏教ではつねに「今」に目を向けています。
過去や未来について考えすぎると、生きるべき「今」を見失ってしまうのです。したがって、モノを手放す際に考えるべきことは、「今」必要かどうかです。
禅捨離⑤ そもそも「買わない」
もはやモノの手放し方ではありませんが、そもそも「買わない」という選択肢をもつことも重要です。
以前、Appleから新たなMacBook Airが発表され、注目を集めました。Appleは毎年のように何らかの新製品を発表・発売しており、そのたびにスマホやPCを買い替えるファンがいます。
また、タピオカドリンクやバナナジュース、パンケーキ、マリトッツォ、チーズケーキ、モンブラン…といったように、次々と流行るグルメやスイーツを軒並み制覇しようとする人もいます。
![スイーツの画像](https://assets.st-note.com/img/1656318997445-qWkK9W28pC.png)
このように、世間には私たちの物欲をかきたてるモノが次々と現れますが、このとき話題性やメディアがいうことに流されずに、一度立ち止まって下記のように考えてみてください。
「本当に自分はコレを欲しているのか?」
「本当に自分の人生にコレが必要なのか?」
「なぜコレを買いたいと思うのか?」
すると、
実は見栄をはりたいだけ
周りに流されて買おうとしているだけ
本当はもっとお金を使うべきことがある
というケースが多いことに気がつくでしょう。とにかく、なにを買うにしてもまずは「買わないで済ませられないか」を考えるのがよいです。
ドラえもんでさえこのように言っています。
![ドラえもんの画像](https://assets.st-note.com/img/1656319171940-VJElkU5rlV.png)
同じジャンルのモノは1つで十分
「コレクションしているモノがあるからついつい買ってしまう」
という方もいるかと思います。
なにかをコレクションしたい気持ちはわかります。私も同じジャンルのモノをたくさん買い集めるのが好きでした。1つずつ増えていくのをみるのは楽しいですよね。
![](https://assets.st-note.com/img/1656319824133-koGRXDlfw2.png?width=1200)
(出典:デアゴスティーニ・ジャパン)
しかし、同じジャンルのモノについては、お気に入りの1つだけを持つようにしましょう。結局のところ、なにを集めたとしてもそれをあの世に持っていけるわけではありません。死ねば関係ないのです。
あなたが亡くなったあとはコレクションをどう扱うか、どう処分するかを残された人が考えなければならず、その手間とコストを増やしているだけといえるでしょう。
![故人のコレクション](https://assets.st-note.com/img/1656320055345-17Kak9SvEE.png?width=1200)
(出典:みんなの遺品整理)
であるなら、少しでもその手間を減らしておくのが望ましいのかもしれません。どうしても好きなモノがあるなら、一番のお気に入りをたった1つだけ手元に置いておくことをオススメします。
同じジャンルのモノをいくつも持っていても、結局、本当のお気に入り以外はホコリを被って放置されるだけです。それよりも、お気に入りをしっかりと手入れして鑑賞したほうがよいでしょう。
「禅・仏教の教養」では、下記のような教養もよく見られています。
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