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最貧国のオリンピック - 2021年7月27日のDearMedia Newsletter

この記事は、私が週2回発行しているDearMedia Newsletter から、開封率が高く評判が良かったものをピックアップしています。

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さて、日本では連日オリンピックの話題が尽きませんが、先週金曜日の開会式はご覧になりましたか?

オリンピックはもちろんスポーツの祭典なのですが、企業にとっては、ブランディングとマーケティングの絶好の機会で、各国の選手が入場する開会式はファッションデザイナーにとって「世界最大のランウェイ」と言われています。

各国の公式ユニフォームをどのブランドがデザインするのか、様々な思惑が絡み合い、アパレルブランドは選手をサポートするためどんな技術を使うのか、国の伝統や国旗カラーをどのように取り入れ表現するか、腕を競い合います。


今日ピックアップするのは、世界最貧国のひとつ、アフリカのリベリア共和国のユニフォームを、いま世界で大注目されているブランドTelfarが手掛けた裏話です。

IMFのデータによると、リベリア共和国は一人あたりのGDPが653ドル、日本の39,000ドルの1/60と最も貧しい国のひとつです。

14年も続いた長い内戦やエボラウイルスの影響で困難続きの国というイメージを拭えず、アメリカで解放された黒人奴隷によって建国されたという経緯から、アフリカの血統を持つ人のみに市民権を制限する条項があり、平均年齢は19歳という国です。

(参照)
https://www.visualcapitalist.com/mapped-the-25-poorest-countries-in-the-world
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-43538302


一方Telfarは、2004年に始まったジェンダーレスブランドで、ビーガンレザーでできた“若者のバーキン”と呼ばれる、The Shopping Bagが入手困難になるほど人気を集めています。

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Telfarは2017年にCFDA/ヴォーグファッション基金アワードを受賞、2020年には、ロンドンのデザイン・ミュージアムFashion Design of 2020アワードを受賞しています。

(参照)
https://www.theguardian.com/fashion/2021/jan/26/telfar-shopping-bag-black-owned-fashion


世界的に大人気のデザイナーが最貧国のスポンサーになる理由もなく
失礼ながら、リベリアのチームにはデザイナーを雇う資金もなさそうなのに、その両者がタッグを組み開会式でのリベリアのユニフォームはかなりの好評を得ていました。

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さて、このコラボが実現した裏にはどんな物語があったのでしょうか?

【本日のピックアップニュース】


リベリアはオリンピックのファッションをどのように変えたのか?

東京に到着する前から、リベリアのオリンピックチームは勝利をおさめていました。

オリンピックは、神話的なスポーツイベントというだけではなく、感情の爆発や政治的ツールなど、さまざまな要素があります。

そしてもちろん、巨大なブランディングとマーケティングの機会でもあります。
国際オリンピック委員会の推計によると、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、世界の人口の半分以上が何らかの形で観戦したことになります。

84のテレビチャンネルと270のデジタルプラットフォームで、356,924時間にわたって放送されました。
コカ・コーラやインテルといったブランドが何億ドルも払って公式スポンサーになることも不思議ではありません。

各国のチームにもスポンサーが付き、多くの場合、ファッションブランドが含まれます。
デザイナーやスポーツブランドは、オリンピック選手が公の場で活躍するためのユニフォームを提供します。
ブランドはそれらを販売することもあるためアパレルメーカーでも、スポーツで小さな成功を収めることができるのです。

歴史的に、最も優れた最も話題性のあるルックを持つ国は、最も有名なファッション産業を持つ国でもあります。

イタリアは2012年からアルマーニが開会式のルックを制作、
フランスは2016年からラコステが、
イギリスは2012年から16年までステラ・マッカートニーが、
アメリカは2008年からラルフ・ローレンが
その地位を守っています。
(なぜかユニクロは、スゥエーデンの公式ユニフォームを提供しています。。)

デザイナーはこの関係を利用して、愛国心に磨きをかけ、国の人材資源の豊かさを示唆し、チームは選手の知名度と自信を高めるためにブランドのパワーを利用しています。

しかし、オリンピック選手の公式ユニフォームは伝統的で退屈なものが多く、ゴルフプロが空想上のカントリークラブで着るようなスタイルで、クールと思われることはほとんどありません。

今年はリベリアが、その物語を変えました。

西アフリカに位置する人口約500万人のリベリアは、世界銀行によると世界で最も貧しい国のひとつです。
しかし、この国は1956年以来ほぼ毎年、夏季オリンピックチームを派遣しています。

オリンピックでメダルを獲得したことは一度もないため、ほぼ毎回、大会前にスポンサーを探し回らなければなりませんでした。

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2016年のリベリア


今までは。
そこで登場したのがTelfarです。

Telfar Clemens氏は、リベリア系アメリカ人のファッションデザイナーで、リベリア出身の両親とともに、アメリカに移住してきました。
そしてTelfarは「Not for you, for everyone」をモットーに2004年に会社となりました。

彼は、多様性が不可欠となりジェンダーの流動性がムーブメントになるずっと前から、既成のファッション界が長い間拒絶、あるいは無視してきたサブカルチャーに向けて、新たなユニセックスのベーシックアイテムを作り続けてきました。

彼は常に、現状に合わせるよりも現代のコミュニティを築くことに関心を持ってきました。

ブルックリンのホットなエリア、ブッシュウィックにいるようなファッション好きの若者が持ち歩いているので「the Bushwick Birkin(ブッシュウィック・バーキン)」と呼ばれる彼の大人気のバッグは、この新しい世界へのパスポートとなっています。


実は、リベリアのオリンピックチーム、陸上のエマニュエル・マタディ選手の目に留まったのは、このバッグでした。

彼のガールフレンドがSNSでTelfarをフォローしており、マタディ選手は有名デザイナーが実はリベリア人だと知って、オリンピック随行員であるKouty Mawenh氏に、Telfarと一緒に仕事ができないかと提案したのです。

東京オリンピックに3人の選手を派遣しているリベリアは、ニューバランスが撤退した2000年以降、公式スポンサーがいませんでした。

Mawenh氏は、Telfarが支援してくれるかもしれないと考え、メールで連絡をしてみました。
そのメールは、Telfar Clemens氏が5歳の時に内戦中のリベリアからアメリカに移住してきて以来、初めてリベリアに帰っている時に届きました。

「私は長いこと、リベリアに戻ることについて考えていて、ついに実現したときに今回のことが起こったのです。それは本当に驚異的でした」とTelfar Clemens氏は語りました。


偶然にも、Telfar Clemens氏と彼のビジネスパートナーのBabak Radboy氏は、彼らのやり方で、アスレチックウェアへの進出を考えていました。
これは絶好の機会でした。

彼らは、リベリアチーム全員のユニフォームを提供し、旅費と食事代を負担することに同意しました。
Telfarにとっては最大の投資となりましたが、お互いに有利なマーケティング活動以上の意味がありました。

「私にとっては、様々なレベルで意味があります」とTelfar Clemens氏は言います。
ランナーの一人は遠い従兄弟であり、チームドクターは彼の兄の幼なじみでした。彼の歴史は彼らの歴史でもあったのです。

彼らはとても良く連携していたので、前代未聞のことですがTelfar Clemens氏はチームと一緒に東京に行くことになりました。
リベリアのチームから見たら彼もまたアスリートだったのです。

わずか4か月で、中国、ポルトガル、ベトナム、イタリアの工場と遠隔で協力し、約70のパーツを製造しました。
このユニフォームは彼の代表的な作品であり、彼が提起した質問を通して出来上がっています。

リベリア人のファッションとは何だろう?
タンクトップにケンテ柄をプリントするだけでは短絡的すぎる。
国籍とはどういう意味なのだろう?


Telfarのオリンピックの作品は、男性も女性も着られるように作られています。

例えば、開会式で着用された「3ホールトップ」は、シルクとメッシュのバスケットボール・ジャージを高貴なチュニックに仕立てたもので、膝や足首まで伸ばすことができ、ショーツとお揃いのワイドレッグ・パンツをはいてイブニングガウンのように肩を出します。

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また、「ハーフタンク」と呼ばれるタンクトップは、ストラップを片側に寄せて非対称の肩出しラインを作り、ユニタードやランニングのコンプレッションウェアとして取り入れられています。

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陸上のマタディ選手は「何が起こるかわからなかった。最初は"ちょっとクレイジーだな "と思いました。」と振り返ります。
しかし、実際にコレクションを着てみると、これこそ自分やチームメンバーが必要としていたものだと感じたそうです。

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Telfar Clemens氏にとって異例ともいえるこのオリンピックの仕事は、家族とブランド、両方の延長線上にあり、拡張を意味します。
彼はパフォーマンスウェアについて、「私たちの”言語”の一部、実践の一部です」と語りました。

これがどこに繋がっていくのか、どのくらいの規模になるのかわかりませんが、他のアスリートたちもTelfarに連絡を取りはじめています。
彼の夢は、全年齢、全性別を対象としてスポーツリーグを作り、誰が何にアクセスできるかという時代遅れのルールをもっと壊していくことです。

リベリアチームのMawenh氏は「このユニフォームを見て、『これこそリベリアだ』と思ってもらいたい。あまりにも長い間、リベリアの物語は内戦とその余波という過去と結びついていた」と話しました。

「しかし、戦争はもはやリベリアのことではありません。私の目標は、その認識を変えることなんです。」


Telfar Clemens氏はデザイナーとして、最大のランウェイであるオリンピック開会式で、リベリアとともに行進し、その役割を果たしました。

リベリアとアメリカの両方の家族が見守っていました。

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オリンピックだけではないですが、国際的なビッグイベントがなくならないで欲しいな、と思うのは、普段だったら中々知ることのできない国やそこで活躍する人のこと、その歴史や伝統、民族性まで知るチャンスを自然に取り入れられるという点です。

リベリアという国の名前は知っていても、そこに表情がなく、感情もなくイメージもなければ、ただの文字の羅列以上の意味がありません。

Telfarというブランドのことも、流行ってるな、くらいのことは知っていても、そのポリシーやルーツを知ることでもっと好きになる作用があります。(逆ももちろん起こりえます。)


どんな理想やポリシーがあってもそれが頭の中にしかなければ理想主義なだけで終わりますし、現実に実行できたとしても周りの人に知らせる場がなければ自己満足になってしまいます。

伝えたい世界観とそれが現実として形作られることとそれを伝える最適な場があること
この3つが揃った時にブランドは急にパワーアップするのだと思います。


今回のオリンピックの開会式を見ていても感じたのですが、国のブランディングというのは言うほど簡単なことではありません。

「場」だけが先に整っているなんてそんな幸運なことは滅多になくて、常に持っている世界観、行っている行動がその場に乗るだけのことです。

個人的には、開会式の数時間のパフォーマンスがどうであったとしても、観ている人がこれから様々な場所で受け取っていく印象の方が強いと思います。
それぞれの場で、それぞれの方法で日本という国を表現していけば良いのではないかと感じています。


国家のブランディングやイメージ戦略に関しては「ドキュメント 戦争広告代理店」という本がとても面白く、勉強になります。

ご興味ある方はぜひご一読くださいね。

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