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振り子が大きく振れ始めたとき。

何かとプレッシャーの中でもワクワクして過ごせていたなぁと、去年を思い出します。

学生という「お守り」から抜け出し、その代わり会社という「安定剤」を注入し、その薬を抜いたあとはなんだか体が精神的にも物理的にも軽く感じられました。守ってもらえるものがないと、直接心に刺さるものもあってしんどい日もありましたが、それが生きる楽しさ、喜びってやつなんだなぁと、今再び「安定剤」を入れ直して思います。

「安定剤」なんて言葉は正直似合わない会社ですが、去年と比べたらそれはもう「安定」なわけです。貯める気もないからお金は減っていく一方で、今は貯める気もないけどお金は増えていく一方。


一旦フリーになって、今また会社員になった僕だから言えることは、もうフリーとか会社員だとかっていうのは、周りにとって関係のないこと。
自分が何をし「続けている」のか。続けるのをやめると、当然ですが人はついてこなくなるし、興味がなくなってしまう、応援できなくなってしまう。

なんでみんな注目してくれないんだろうと、恥ずかしながらも考えたことがありますが、理由は単純で続けることを止めてしまったから。

振り出しに戻っては、また違う世界に飛び込んだり。
自分のキャリア、どうしたいんだろう。そう不安に思う時もあります。


☕️


とあるPodcastで聞いた話をシェアします。

振り子、は皆さんご存知でしょうか。
周期的な動きをする、あの何個かの球です。

あの振り子の球の振れ幅が大きいほど、極端にある球も大きく動きますよね。振れ幅が大きければ大きいほど、他の物体にも大きく作用する、それが振り子の特徴です。

それって、人生にも言えますよね、というお話でした。


☕️


僕は学生から社会人になってから一度たりとも「キャリア」というものに興味がなく、昇進とか、この会社で働いて実績を残し、キャリアアップのために転職するとか、話はわかりますが気持ちは分かりません。単に打算が苦手なのかもしれません。

だからいわゆる「キャリアチェンジ」をこの数年間繰り返したことに関して何も思っていなかったわけです。今のところ「偶然」でこの場にいます。


偶然でいいんじゃないかなぁと、経験が少ないながらも思います。
もちろん、なんでも言いわけではなく、自分らしい軸はブレずにいたいのですが。

起きるであろう事柄に対して、少なくとも人間は推測はできますがコントロールできないはず。であるならば、偶然起きた事柄に対しての意味付けが大切だと思っています。必然性を感じるのは結局は事が起きた後ですよね。


そう思うと、会社の経理を任され、バリスタになり、今は外資IT会社にいることは、どういう意味があるのでしょうか。
カオスに振れ始めた振り子の球が、他に大きく衝撃を与えるのはいつなのでしょうか。





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