427 群像劇の断片図②
本土から来た男
【抜天島地上・東港】
抜天島はその海流から、東と西の港からしか出入りできないことになっている。
ちなみに簡易空港は中央部のタワー――朱雀最上階にのみ存在するため、空路は実質、超富裕層の特権であった。
その船着き場に今しがた、定期船が到着した。日本本土よりの来訪者を乗せた、大型のフェリーである。
『抜天は番外なれど、陛下威徳の及ぶ土地なり』
明治の頃に定められた、古き太政官令。未だに尾を引き、今なお抜天島は番外地――『特定自治地区』として制定されている。
「まあ、妥当ではあるのだが」
ほとんどの乗客が降りた後。最後に現れたのは長身の青年であった。その身を擦り切れた外套で包み、頭には制帽を被っている。
切符を確認しようとした乗組員は、身じろぎした。制帽の陰に潜む眼に、心を穿たれたのである。
「……構わんか?」
「はっ!? か、構いません!」
カツンカツンと、長身の男がタラップを渡って行く。その姿を、乗組員は口を空けたまま見送って。
やがて男が視界から消えたところで、ようやく膝を落として気を抜いた。
***
「流石に暑いな……」
『夏ですからね』
港の外れ。汗を拭く長身の耳を叩くのは、高い声だった。その声で、男は特殊通信機器のセットが完了したことを悟った。
『まずは潜入成功、おめでとうございます』
丁寧だが、無機質感さえも抱かせる声。しかし彼女の場合はこれが常だった。
「なに、これからだよ。確か……こちらの司法には噛ませないのだったな?」
『その通りでございます。かの方々には少々疑念があると、上が仰せで』
「上が上がと言うが、現場は俺だ。状況によっては」
長身の言い分に、無機質な声はわずかに間をおいた後。
『現場の判断は、全てにおいて優先されると思います。以上』
とだけ残し、通信を切ってしまった。切断音が、ブツン、と耳を叩く。
「言い過ぎたか……」
長身の男は制帽を脱ぎ、角刈りの頭を軽く掻いた。制帽が蒸れて頭がかゆい。この先を思えば、そろそろ封じておくべきだ。
「行くか……。地下での通信試験の頃には、機嫌を戻しているだろう」
長い足を大きく踏み出し、男は地下への道を行く。抜天の地図は、既に脳内に叩き込んだ。太陽が外套を通じて男を蒸し焼きにするが、男の顔は、涼しいものだった。
国家直属、某機関構成員・番長七郎(つがい・ちょうしちろう)の長い夏が。今始まろうとしていた。
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