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#ゆる創作 満月侍④

 西暦一八五四年、日本は黒船の圧力に屈する形で遂に開国を選択した。しかしその選択は同時に、東洋の神秘を求める暗黒陰謀結社や、日本の夜明けを目指す不逞の集団などを励起させるものともなってしまった。
 そんな怒涛の時代。江戸北町奉行所は、不逞の集団・髑髏しゃれこうべ党との攻防を繰り返していた。そのさなかで発生した殺しの事件は、なんと髑髏覆面を顔面に付け、縦横十字に斬り裂かれていた。状況による推測を用いて月よりの使者へと迫る鬼塚。しかし使者の眼差しが暴いたのは三人目の男、髑髏党の始末屋『殺しの竜』であった――!

 ***

「おおおおお!」
「月牙二刀、参る!」

 鬼塚が無刀における無限の争いを幻視した刹那、殺しの竜と月よりの使者は互いに二刀を抜き放っていた。そして鬼塚が垣間見た幻視の攻防よりも、更に激しく刀をぶつけ合った!

「おおおっ!」

 見よ、竜が大刀を上段に構え、両断の兆しを示す。しかし使者が身を翻すことはない。二刀を適切な角度に重ね合わせ、見事に両断の一撃を食い止めた。

「ぬんっ!」
「ぬううっ!」

 互いに己へ強いる声を上げ、力比べの如く刀を擦り合わせる。だが、竜のほうが幾分か腕力においては分があった。右腕一本でありながら、使者の両腕に対して押し込みを掛けていた!

「ちっ!」

 やがて使者は舌を打ち、捻るようにして身を翻した。膂力における、不利を悟った。見に徹する鬼塚は、そう理解した。とはいえ、やはり使者の身体能力は常軌を逸していた。翻りから構えを立て直すまで、ほとんど瞬く間に動作が行われていたのだから。

「バッハァ! 昨日の戦からしてそうだとは思ったが、お主の身体能力、腕力には向いておらぬようだのう?」
「……」

 竜の罵倒じみた問いかけにも、使者は動じない。ただただ二刀を構えるのみ。だが鬼塚は一つ悟った。やはり使者は、本件の下手人ではなかったのだ。だとすれば。

「脱走者の始末を貴様に見られた。見られた以上は、消さねばならん。ここに潜めば、機会はあると思ったが……」
「残念だがそのような機会はない。お主はここで捕縛されるのがお似合いだ」
「しゃらくっせぇ!」

 ギィン、ギィン!

 竜は荒ぶり、使者は静かに。しかし二刀は激しく音を立ててぶつかり合う。刃鳴り散らすとは、まさにこのことを指すのであろうか。より暗所であれば、刀を打ち付け合うごとに閃光までもが飛び散りそうな具合である。竜は一振りごとに絶命を叩きつけ、使者は柳の如くにいなしつつ、隙を突いてはねじ伏せんとしていた。

「ハッ!」
「むうっ!」

 見よ。使者が凄まじい踏み込みで、竜の肩をめがけて大刀の突きを浴びせに掛かる。しかもよく見れば、その切っ先は潰されていた。使者の振るう刀は、あくまでも殺さぬためのものだというのか。

「くっ!」

 しかし竜もさる者、低く鋭く踏み込んで突きをかわすと、そのまま半身めがけて逆袈裟の斬り上げを振るう。少々強引だが、身体の捻りも加えた威力ある斬り上げだった。だが使者の方が幾分か早いのだろう。地を摺るが如き一撃は空を切り、再び両者は相対した。

「一筋縄じゃいかねえか。般若が面を叩き割られる訳だ」

 独り言を吐き捨てた竜が両腕を広げ、大刀二本を天に掲げた。攻めの構えである。同じく攻めの剣の持ち主である鬼塚には、はっきりとわかった。

「洋刀(サーベル)の般若とやらか。奴ともケリを付けねばならぬ」
「抜かせ。俺様がここでたたっ斬る」

 言葉をぶつけ合い、互いに敵を見据える。使者は小刀を正眼に構え、右に握る大刀を、竜の右肘に切っ先を合わせた。攻めに対する、迎撃の陣構えか。鬼塚には二刀流の知識が少ない。あくまでも、類推だった。

 ざりっ、ざりっ。

 互いに睨み合い、足が円弧を描く。鬼塚はその数歩外から、決戦を見届けていた。笛を吹き、仲間を呼ぶことは容易い。しかし鬼塚は剣客でもある。勝負を遮る無粋は、好みではなかった。

「ハアッ!」

 先に動いたのは、やはり竜であった。掲げた剣の切っ先が月の光を受けた刹那、僅かな隙をめがけて斬り込んだのだ。

「セイッ!」

 使者は再び、二刀を掲げて受け止めた。発端の際に行われた力の攻防が、またも蘇る。しかし今度は使者に分があった。巧みに体を捻り、足をさばき、竜の膂力を受け流していく。竜の大刀が狙いから外れ、両者の位置取りが斜めへとずれていった。

「ぐぬうっ!」

 竜が右の太刀を引き、左の太刀を横薙ぎに振るう。だがその時、鬼塚は捉えた。使者の両目が、一瞬だけ光ったのだ。それは満月の如く煌めき、鬼塚を灼いた!

「ハッ!」

 見よ! 今こそ使者は高らかに空へと舞った! 横薙ぎの一振りをかわすばかりでなく、竜よりも高く跳び上がった! そして宙空で三回転し、軽やかに竜の背後へと舞い降りる! これぞ使者の絶技・月兎げっと宙返りである!

「むうっ!」

 類稀なる動体視力で跳躍を見た竜、振り切った刀の勢いを利して、急ぎ向き直らんとした。だが此度ばかりは使者の方が一手早かった。彼の着地は、竜の背面を見据えて行われていた。腕前が高ければ高いほど、ほんの僅かな間隙が大きな違いとなる。故に、使者の峰打ちが竜の脳天を穿つのは必定だった!

「ぐっ……!」

 頭を強かに打たれた竜がうめく。一見、その豪傑めいた身体は揺るがぬかと思えた。しかし直後、竜の肉体は右へとかしいでいく。

「みご……と……! があっ!」

 ドサリと音を立て、殺しの竜の身体は地に倒れた。鬼塚が駆け寄り、脈を確かめる。死してはいない。あくまでも、気を失ったのみであった。

「使者どの」

 鬼塚はうなずいた。使者も応じてうなずく。そして鬼塚に背を向けた。

「我らとともに、来て下さらぬか」

 使者は応じなかった。黙って首を横に振り、そして跳んだ。
 次の瞬間には、夜空にぎらりと浮かぶ月だけが、鬼塚の視界にあった。

「……」

 こうして大江戸北町奉行所はまた一つ、ささやかな戦果を挙げたのだった。

次回

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