AR×感染症 :“ARグラスを活かした、イカした感染症対策コンテンツ“は、名大から生まれるのか____!?
ARグラスが盛り上がりを見せています。ARは、「拡張現実」を意味するAugumented Realityの略で、動画やゲームや楽しむツールとしてのイメージが強いかもしれません。しかし今、視聴覚において人の能力を補完したり、間違いを防いだりするツールとしての新たな開拓が始まろうとしています。
感染症は、肉眼で見ることができない問題の一つです。新たな感染症の登場を避けることはできませんが、数学的なアプローチが対策の評価や適切な意思決定の手助けになる可能性があることがわかってきました。
見えない感染症対策に、ARを応用できないか──。2024年6月3日に開催した第104回 名大カフェ「AR×感染症 :“ARグラスを活かした、イカした感染症対策コンテンツ“は、名大から生まれるのか____!?」では、総勢30名の参加者と研究者・開発者とが一緒になり、ARグラスがもたらす感染症対策の未来を考えました。
1. 感染症研究に数学!ウイルス変化も計算!?
まずは、岩波さんから話題提供です。「XREALさんの大ファンで、このイベントを誰よりも楽しみにしていました!」の一声で会場に笑顔が広がります。
岩波さんは、体の中で起きるさまざまな現象を数式を使って表す数理生物学の専門家です。 例えば、病気を引き起こすウイルスは、宿主(人や動物)の細胞に感染し、細胞内で増殖します。生物の生命現象をもとに、体内のウイルスがどのような条件で増えて減っていくのかを数学で考えていきます。
感染症は、人と人との接触で広がるため、隔離や投薬のタイミングを社会全体で考える必要があります。新型コロナウイルスの場合は、ウイルスがどんどん変化して変異株が出てきました。感染後に隔離を始めると、人同士の接触が減り、ウイルスの増えるスピードが速くなるのだとか。「体の中での増え方にも変化が現れ、ウイルス量のピークが少し早まることがわかっています。」
過去の経験が通用しない感染症だからこそ、体内のウイルス量を数式で表せれば、対策につなげられるのですね。
2. ARはコンピューターの仮想空間と現実とをつなぐ
続いて、ARがどのように人の行動を変えるのか、高さんからの話題提供です。
「映画やゲームの世界で、メガネをかけると目の前に情報が出てくる場面がありますよね。現在、過去、未来をデジタルで繋ぎ、現実世界に情報を重ねた世界をマルチタスクで体験する。それが、XREALが思い描く世界です。」
今はスマホ1台で情報を取り込める時代ですが、ひとたび画面から目を離すと情報が途切れてしまいます。ARグラスなら、現実の風景も見えている状態なので、自分の目で周りを見るのと同じ感覚で情報を得ることができます。また、モニターやプロジェクターが無くても大画面が目の前に現れるので、キャンプ先でも入院中のベッドの上でも場所を問わずに使えます。
ARはエンタメとの親和性が高い印象ですが、自動車運転の補助や脳外科手術のトレーニングなど、人間の能力を高めたり事故を防止する目的でARグラスを活用していく動きがあるようです。
3. ARグラスを体験してみよう
ここからは、XREALの最新ARグラス「XREAL Air 2 Ultra」を実際に装着し、ARグラスが今できることを体感する時間です。
本来なら、本人の視力に合わせたレンズをARグラスに装着しますが、今回は、眼鏡をかけている場合は眼鏡の上から装着しました。
ARグラスをかけた状態で右手をかざすと、ARグラスのセンサーが手の位置や動きをトラッキング(追跡)します。トラッキングで入手した情報を基に、「CGの手」をリアルタイムで作り出します。
これを実現するには、ARグラスから得た情報を目から脳に伝える間に、手の動きに合わせた計算が必要です。これまでの技術では若干の時間差が生じていましたが、今回体験した最新モデルは時間差が極めて小さく、スムースなAR体験を可能にしているそうです。
参加者:何秒単位でトラッキングしているんですか?
高:現在、15〜20ミリ秒です。将来的には、遅延はさらに小さく、ハンドル操作はずっと軽くなるはずです。
参加者:目のすぐ近くにディスプレイがあるので目が疲れるのかなと思いましたが、見やすかったです。目には悪くないでしょうか?
高:近距離を長時間見つめるスマホより、目には優しいんですよ。ARグラスを通して脳が見ているのは、1.5メートル先です。実際より遠くにあると錯覚しているので、目と目の筋肉が疲れにくいという研究結果もあります。
参加者:錯覚の研究に使われる可能性はありますか?
高:視力が弱くなっている方、目の周りの筋肉が弱まっている方に、片目だけを強化したり、色を重ねて視覚のトレーニングをするなど、補正の可能性はあります。
参加者:ARグラスの強みと弱みは何ですか?
高:強みはVR(バーチャル・リアリティ)酔いがないところです。仮想空間を現実に重ねているので、視覚と体の平衡感覚との間に大きな差がありません。弱みは、内容やコンテンツについて、ARならではのものがまだ少ないことです。
4. 「感染症と生きる」未来を考えてみよう
ARグラス体験では、仮想空間にあるデジタル情報を、現実の風景に重ねて見る世界を味わいました。もし、感染症情報をARグラスを通して現実世界に重ねて見ることができたら…?
そんな未来を考えていくにあたり、まず新型コロナウイルス感染症が流行し始めた当時、どこからどんな情報を入手していたか、参加者のみなさんに聞いてみました。
「ウェブやテレビで、政府や自治体が公表する感染状況のデータをチェックしていた」「SNSや動画メディア、書籍で、感染症予防に関する専門家の個人的な意見に触れていた」といった意見が出ましたが、私たちは本当に知りたい、本当に必要な情報を手にしていたでしょうか?
岩波:ウイルス量や感染リスクといった目に見えない情報を知りたかった、という意見が多いですね。体の中の情報があれば、ウイルス量も数学的に予測できるようになるかもしれません。
高:人感センサーなどで体温や健康状態のデータを集められれば、ARグラスで可視化できると思います。そういったデータを解析して「薬を飲む時間です」などのメッセージを表示するのも一つのアイディアですね。
岩波:このエリアでどのくらいリスクがあるのか、例えばウイルスを持っている人の確率などの情報も使えるかもしれません。
参加者:ウイルスや感染症を可視化すること自体は悪いことじゃないのでしょうが、どこまで把握して管理するか、そういった問題も含めて取り組まないと、相手を攻撃する材料にもなりかねないと思いました。
参加者:HADOっていうゲームの中のエナジーボールのように、可視化されたウイルスで攻撃されたり差別されたりしたら嫌だな、と思いました。
岩波:すごく大事なポイントです。 目に見える情報が個人への攻撃に使われることも十分考えられます。ウイルスのリスクの評価とその適切な使い方を併せて考える必要があります。
高:情報を誰にどこまでオープンにするかは、一番先に考えるべき課題だと思います。SNSのように本人がセキュリティの設定をしたり、デバイスに制限をかけたり、個別の対応が必要になると思います。
ARグラスを使えば、感染症情報を自発的に取りに行かなくても必要なときに視野に入れることができる点で、予防につながる行動を促してくれる可能性がありそうです。一方、見えすぎることへの対策の必要性も指摘されました。何を見るか、何を見たいか、次の時代に何を残すか。議論を重ねた上で新しい技術を迎え入れることが「感染症と生きる」未来につながり、ライフスタイルを変えるきっかけになるのかもしれません。
取材:森真由美(株式会社MD.illus―-アウトリーチ活動を支援しています)