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ミクロの仕組み、AIでアプローチ ─多結晶材料情報学の幕開け─

今回は、以前紹介した金属3Dプリンターの話題に続く、新しい材料研究のお話です。

多結晶材料学たけっしょうざいりょうがくという分野をご存知ですか?少し目線を上げて周りを見わたせば、多結晶が必ず目に入る…スマホの液晶画面、セラミックスのお茶碗、太陽光電池パネルなどなど、実は多結晶は暮らしに欠かせない存在です。より優れた性能の多結晶の開発を目指す多結晶材料学に、AI(情報学)を活用していこうとする動きが、ここ名古屋大学で起きています。

今回お話を伺ったのは、宇佐美徳隆うさみのりたか教授(工学研究科)と、工藤博章くどうひろあき准教授(情報学研究科)。

宇佐美徳隆教授(左)と工藤博章准教授(右)
手にするのは、インタビューに登場する縦横15cm厚さ5cmのシリコンサンプル

宇佐美教授いわく、 ”情報学者とのコラボはなかなか難しい” 中、意外なきっかけでつながった二人に、発表から間もない研究成果に加え、新しい学問も創立しようという活発なこの分野の動向についてききました。

<インタビュー概要>
── 宇佐美先生が注目されている「多結晶」について教えてください。

多結晶は単結晶がギュッと集まったものです。単結晶は、原子や分子が規則正しく並んだ固体です。多結晶って実は身近にたくさんあるんですよ。鉄やアルミニウム、建築材料や構造材料、お茶碗のセラミックス、半導体材料、太陽電池などは代表例です。身の回りにあるものは、ほとんど多結晶といってもいいかもしれません(宇佐美)。

── 多結晶の研究では何を目指しているのですか?

優れた性能を持った多結晶材料を作ることです。多結晶の性質は、結晶粒のサイズや方位がどのような分布をしているかで決まります。ただ、非常に複雑なシステムなので、どのようにしたら良い多結晶ができるという学理がまだありません。目的とする性質があっても、どんな組織にしたらいいか、どうやって作ったらいいか、論理的に設計するのが非常に難しい。そこで、情報学の力を借りながら新しい学理を創っていきたいと考えています(宇佐美)。

── それで工藤先生とのコラボなのですね。今回の成果では、画像処理の知見を活用されたということですが、具体的には?

結晶の画像データを機械学習に適用して、結晶粒の状態を ”予測” できるようにしました。今回は、結晶に対して様々な方向から光を当ててたくさんの写真を撮ったのですが、もっとたくさん写真を撮ったようにデータを水増しするような情報学の技術を使っています。結果的に、予測の精度をぐんと向上することができました(宇佐美)。

今回モデル材料として用いた15✕15✕5cmのシリコンサンプル

── 結晶の写真の何をデータとして捉えていくのですか?

光を当てたときに反射する光の強度です。当てる光の向きを変え、時系列データとして捉えるという工夫もしています(工藤)。ひとくちに写真を撮るといっても、大きな試料の場合、真ん中と端ではカメラに対する向きや光の強度が違ってしまいます。独自の装置も作り、質の良いデータを使えるようにしたのもポイントです(宇佐美)。

当てる光の向きを変えて撮影した画像をつなげると、
光の向きによって違った表情になることがよくわかる
撮影した数多くの結晶写真から、機械学習モデルが予測した結晶の方位分布(左)
(方位を示すカラーマップ(右)に対応した色を、各ピクセルにつけている)

── 従来は、走査型電子顕微鏡を使って結晶の状態を見ていたということですが…

はい、それを実物大の写真から推測するのが今回の成果です。というのも、走査型電子顕微鏡はごく細かい領域を精密に測るのは得意ですが、今回使ったシリコンのように大きな試料の測定には向きません。設備自体も高価です。そこで、写真を撮れば、結晶粒の方位分布がわかるようにするために、AIを活用したということです(宇佐美)。 

── 多結晶と情報学、相性がよさそうです。

2010年代の始め頃に、新しい物質の開発を計算科学や情報科学を使って加速しようという「マテリアルズ・インフォーマティクス」という分野がアメリカでスタートしたんですね。日本でも盛り上がり、戦略目標なども立てられました。当時、多結晶の複雑さに情報学を使うという発想はユニークで、誰も着目していませんでした。ただ、材料の研究者が情報の研究者にアプローチするのは普通は難しいんです(宇佐美)。

── お二人のコラボのきっかけは?

高校の同級生で、3年生のとき同じクラスだったんです(宇佐美)。情報学の研究者として、役に立つものを作りたいと思っていたところに声がかかり、すごく役に立つ材料研究にぜひ協力したいと思いました(工藤)。

── 誰もやっていない分野ということに抵抗はありませんでしたか?

研究課題について聞いたときに、例えば医療画像のような画像処理に近い仕組みが適用できそうだと思いました。外から見えないものを見えるようにするCTやレントゲンですね。多結晶材料の場合は、材料を直接スライスしたものを1枚1枚見ていったのですが…(工藤)。

── ちなみに、先ほどの厚さ5センチの試料だと、何枚くらいにスライスするのですか?

300枚ぐらいです。0.数ミリの厚さのスライスを、一枚一枚撮影します(宇佐美)。

── 研究の今後について教えてください。

今回の成果は、我々が思い描いてる構想のほんの一部です。さまざまなデータを基に作りたい結晶を設計をして、それをどうやって作ったらいいかというところまで、学問として体系化することを目指しています。今回は構造が単純なシリコンをモデル材料として使いましたが、実際に企業などが開発している多結晶材料にはもっと複雑なものがたくさんあります。今回築いた知見をベースに、より複雑な材料に展開できるように「多結晶材料情報学」という学問として拡張していきたいと考えています(宇佐美)。

── 多結晶材料情報学に携わっていく人たちは、結晶と情報学の知識が必要ということですね。なかなか大変そうです…。

今大学では、教養課程でデータサイエンスの授業をみんなやるようになってきていますよね。そういった人たちが工学の研究室に入ってきてくれれば、これからどんどん発展していける分野ではないかと思っています(宇佐美)。

── なるほど、これまでにない世界が切り拓かれていきそうです。お話をどうもありがとうございました!

画像提供:宇佐美徳隆教授
インタビュー・執筆:丸山恵

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