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ひとりの対話 ふたりの対話

かんたんやさしいお手当で 心と体に向き合う時間を。
和みのヨーガ インストラクター&セラピストの
nagomocaです。

春休みが明けて
今週から通常モードです。

今日は【対話】について。

最近の私にとって
【対話】というと
『書く』ということを通して
自分の心と向き合う
ひとりの作業が中心でした。

心が動いたことを
丁寧に紐解いていって
「何を感じたの?」
「その感情はどこから来たの?」と
問いかけと答えを繰り返して

日常の中で
見失いそうになる
小さな
でも大切な気づきを
つなぎとめる作業。

そんな作業を通して
いろんなことに気づくのが楽しくて
【ひとりの対話】に心が傾いていたのですが

ここ数日

【ふたりの対話】を通して
大切な気づきをもらうことが続いて
あらためて
だれかと話すことの大切さを感じています。


一つ目は友人との対話。

お互いの仕事の話から
これからの進む方向性の話になり

自分の中でごちゃごちゃになっていた
様々な迷いや
本当はどうしたいのか、という思いが
話しているうちに
するすると解けていって

言葉少なに聞いてくれていた友人から一言。
「手段と相手が違うってことやな。」

まさに!!

やりたいと思っていることを
どんな形で提供するか
どんな人を相手にするか
ということが違っていたから
なんとなくモヤモヤしていた、
ということに気がつきました。

それがわからないまま進むのと
わかったうえで進むのとは大違い。

違うからやらない、ではなく
与えられた環境に感謝して
そこでやれることに取り組みながら
必要なスキルを身に着けたり
新しい視点や人との繋がりを築いていくことが
この先の自分にとっても
プラスになっていく、
ということがストンっと腑に落ちました。

自分だけでは
こんなにすんなりと
たどり着けなかったであろう答えが
目の前に現れて

驚きとともに
私の言葉にじっくりと耳を傾け
客観的に捉えて
的確な言葉で表現してくれた
友人への信頼が増した出来事でした。


もう一つは主人との対話。

家族で動くことも多く
周りからは「仲が良い」と思われることが多い
私達夫婦ですが
違う背景や価値観を持っている人間同士
同じ家でいれば
お互いに思うところは
いろいろ出てきます。

言葉は選んで話す
言葉より態度で示すタイプの主人は
嫌だな、と思うことがあると
更に口数が減って
話しかけても
そっけない返事しか
返ってこなくなります。

しばらく様子を見ていたけど
我慢ならず聞いてみると
最近の私の言動を見て
距離を置こうとしていたとのこと。

以前は
自分は被害者だと思って
主人を悪者にして
怒りや悲しさをぶつけて
主人は更に黙り込む、という感じで
不穏な空気がしばらく流れていましたが

今は
悲しみや怒りの気持ちは
もちろんあるのですが
「パパは多分理由があってしゃべらないんだろうなぁ。」
「パパも何か嫌だったんだなぁ。」と
どこかで冷静に状況をみている自分がいます。

私は
言わないとわからないから
思っていることがあるなら
ちゃんと言葉にしてほしい、という感じで
言葉に表す、ということを大切にする
傾向がありますが

主人は
自分の発する言葉の重みや強さを理解しているので
余計に傷つけてしまわないように
あえて言葉にはせず
距離を取る、という態度で示す傾向があります。

どちらが良い、ということもなく
ただ違うということ。

それまでの経験から
お互いにそうする方が
相手を理解出来たり
相手を傷つけない、と考えているだけ。

そこまでわかれば
後は
お互いに何を思っていたのかを
少しずつすり合わせて
違いを共有して
今後の解決策を話し合う。

以前より解決までのスピードが
格段に速くなった気がします。

今回は
新たな考え方の違いや
歩み寄ろうとしてくれていた主人の行動も
浮き彫りになって
「そうだったのかー!」と思うこともあり。

和みのヨーガのペアワークをしあって
一緒にお散歩に出かけて
一件落着。

赤の他人同士の夫婦だからこそ
丁寧に対話を重ねて
違いを認め合って
お互いの考え方に敬意を払うことの
大切さを実感した出来事でした。


最近の対話を通して
改めて感じること。

いろんな対話の形はあるけれど
どれも大切で
心の中を整理したり
分かり合うために必要で
いろんな気づきがある。

あー、
でもパパはもう少しちゃんと言ってくれるといいなぁ(笑)








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