小さなわんこの大きな存在
私には二人の息子がいる。
長男23歳。
父の背中を追って警察官になった。
警察学校に入校したばかりの時は、父親のその大きな背中に押し潰されそうになった時もあったようだ。
仕事中はどんなふうにしているのか、子がいくつになっても親は心配だ。
長男は夫に似て、実に愛らしい顔立ちをしている。
幼いころは愛想の良い子で、登下校中の女子高生から日帰り温泉のおばあちゃんまで、すれ違う女子のハートを射抜いていた。
どんなプレイボーイになるかと思ったら、はにかみ屋で恥ずかしがり屋な青年になった。
次男18歳。
地元の高校に通う男子高生。
次男は私に似て、実にご愛嬌のある顔立ちをしている。
幼稚園や小学校の個別面談に行くと「次男くんは癒し系ですね」と先生によく褒められた。
幼いころはとても臆病で、玄関に置いてあるような犬のオーナメントが怖くて泣いていた。
もふもふのハンディモップにさえ怯えていた。
今では私が外でアホみたいにふざけると、私をたしなめる大人になった。
「老いては子に従え」という言葉が頭をよぎる。
そんな兄弟に共通しているのは「動物のお医者さんになりたい」という夢を通過してきたことだ。
これからの話は、三人目の娘のこと。
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夫の転勤で住居を転々としていた私たちは15年前、生まれ育った地元にマイホームを建てた。
夕方いつも決まった時間になると、O田さんが犬の散歩にやってくる。
最初は遠巻きに犬の様子をうかがっていた、当時3歳の次男。
O田さんもわんこもとても優しかったので、そんな次男の様子を辛抱強く待ってくれた。
そのおかげで、あんなに臆病だった次男がO田さんのわんこだけは撫でられるようになった。
そうなると次男は、O田さんが来るのが待ち遠しくて仕方なかった。
散歩する姿を見つけると、母子でかけ寄ってわんこを撫でまわす。
「僕の知り合いで、5ヶ月になる柴犬のメスの貰い手を探している人がいるんだけど、どう?」
「ぜひ!」
夫も私も「マイホームを建てたら犬を飼おうね」って言っていた。
それよりずっと前、付き合っている時から「犬を飼ったら『コロン』という名前にしよう」と約束をしていた。
犬派か猫派かどちらかでいうと、お互い犬派だった。
気が合って良かった。
翌週末、O田さんの車に乗って家族全員でわんこを迎えに行った。
O田さんは廃棄物処理業で働いていて、犬好きの同業の方がブリーダーをやっているそうだった。
広域農道をぐんぐん走り山間にある広い会社敷地内に入ると、ケージ内で日向ぼっこするわんこが何匹かいた。
その中に、ケージを跳び越えるんじゃないかと思うくらいのジャンプ力で大歓迎しているわんこが一匹いた。
家族みんなで釘付けになった。
それが後に家族となるわんこだった。
「今はたれ耳だけど、大きくなれば耳がピンと立つからね」
たれ耳もかわいいじゃないかと思っていたけれど、言われた通りにピンと立派な耳になった。
名前は家族みんなで決めた。
あずみ。
小山ゆうさんの漫画「あずみ」からもらった。
結局「コロン」は候補すらあがらず。
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待望だった娘がやってきた。
私にとって三人目の子どもだと思っている。
実際にご近所の若い家族に「あずみちゃんのママ」って呼ばれている。
「私、いつのまに犬を出産したんだっけ」と、おかしいやら嬉しいやら。
長男も次男も妹のあーちゃん(あずみの愛称)をとてもかわいがってくれた。
犬のオーナメントにさえ怯えていた次男が、あーちゃんの寝顔を見ながらうつらうつらしている。
こんな小さな体なのに、私たち家族にとって大きな存在だった。
息子二人とも「あーちゃんに長生きしてもらうんだ」って動物のお医者さんになりたいという夢を通ってきた。
調べれば獣医師の道は険しく諦めてしまった。
それでも次男は愛護動物取扱管理士の資格を取った。
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犬の寿命は短い。
十年も経つと散歩しているメンバーは様変わりしてくる。
ゴミ収集車から手を振ってくれたO田さんの散歩姿を見かけなくなった。
定年退職もしたのかもしれない。
「長寿犬で表彰されたのよ」って誇らしげに何度も話しかけてくる老夫婦と、介護用ハーネスを付けて散歩していた20歳のわんこもいなくなった。
おととしの夏、あーちゃんもメンバーから消えた。
これ以上書きません。
泣いてしまいます。
もう泣いています。
時は移ろうもの。
獣医師ではなく別の道を決めた次男は今日、大学入学共通テスト第一日目です。
~2021.1.16~
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