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僕たちは陽氷を染める ー とある男子高生の6月の話 ー #14

第14話 6月14日


「買い物?」
「そ。誕生日の時は仕事があって帰ってこれないからね。少し早いけど、誕生日祝いもかねて、成浩(なるひろ)のプレゼントを一緒に買いに行こうと思って」

 昨晩の夕食時に言った兄貴の言葉に、「あ、今月、誕生日か」と呟いた俺に兄貴は「成浩らしいな」と笑った。

「で、何か買うか決まった?」

 昨晩、兄貴が言った通り、駅前にある大きなショッピングモールまで買い物に来たものの、あまり物欲とセンスのない俺に欲しいもの、と聞かれても思い浮かばない。

「……別に、特別、何か買わなくても」

 たまに兄貴がこうして帰ってくるとだけでいいのだが、とチラリと兄貴を見ながら言うものの、「せっかくの16歳の誕生日なんだから」と兄貴は笑って俺の意見はさらっと無視をする。

「何十万円、ってするものは買ってあげられないけど、ある程度の金額なら買ってあげられるよ。財布とか、カバン、とか。靴とか」
「……靴は、こないだ買ったばっか」
「じゃあ、カバンか財布かな」

 財布もカバンも、別に、ブランドものがいい、とかそんなこだわりも特に無い。

「…財布…カバン、持ってるし…」

 兄貴の言葉を、繰り返し呟いた俺に、兄貴は、「じゃあ」とにっこりと笑いながら言った。

「……こんなにたくさん…」
「まぁ、一部はボクのも入っているから」

 いくつかの紙袋を持ち、疲れたから、と建物内のコーヒーショップに立ち寄りひと息つく。
 途中から兄貴の着せ替え人形と化した俺は、兄貴が満足するまで着ては脱いで、着ては脱いで。
 もう何回目だよ、と小さくボヤいた俺に、兄貴は「まあまあ」と言いつつも、「これも着てみなよ」とさらに新しい服を俺に渡し、更衣室へと押し付ける。
 それから暫くして、やっと兄貴は満足したらしく、俺には何着かの服とカバンを、兄貴もまた自分の着る服をいくつか買い込んだ。
 お昼前に家を出たはずなのに、もうすっかりお昼時も過ぎている。

「そういやここのパスタ、意外に美味いんだよ」
「……へぇ」
「お昼もここで食べて行こうか」
「え、ああ、うん」

 こういう店は立ち寄らないから知らなかった。
 いつもファストフードとかコンビニばっかりだしな、とレジカウンターでメニューを見ながら考えていれば、「成浩」と兄貴が俺の名前を呼ぶ。

「なに?」
「今さぁ、お兄ちゃん、ペペロンチーノか、サーモンのたらこバターにするか、すっげぇ悩んでるんだけど」
「じゃあそれでいいんじゃん? 俺はどっちも食べられるし」
「さっすがボクの弟!」

 満面の笑みを浮かべて、レジのお姉さんへと振り返った兄貴に、レジのお姉さんの頬が少し赤くなる。
 そんな光景を目にしつつ、本当にどっちも食べたかったらしい兄貴に、小さく笑いながら、「荷物、持つよ」と兄貴の手から荷物を受けとりながら、レジを離れる。
 店の少し奥に行ったところの空いている席へと向かえば、「成浩」と、後ろから兄貴の声が聞こえる。

「なに?」
「あそこのソファ席だろう?」
「……ダメ?」
「いいよ。ボクも少しゆっくりしたいし」

 そう言ってまたレジへ振り返った兄貴の席を見送り、ソファ席へと向かう。
 硬くもなく、かといって柔らかすぎないソファへ腰を下ろし、大きく息をはきだす。
 やっと休めた。
 そう思いながら、改めてに荷物を見直すとやはり、量が多い。

「こんなに買わなくても……」

 良かったのでないだろうか。
 そう呟いた俺に、「まぁいいじゃない」と楽しそうな声が頭の上にふってくる。

「そういえば成浩(なるひろ)、そろそろ校外学習じゃなかったっけ?」
「……よく知ってるね?」

 ペペロンチーノを食べながら、兄貴が言う。
 テーブルに運ばれてきたのはパスタが2つと、飲み物、それに何故か増えているデザート2種類。
 これもどっちも食べたかったんだろうな、とテーブルに並んだデザートを横目に、兄貴へ問いかければ、ごくん、とパスタを飲み込んだ兄貴が楽しそうな顔をして口を開く。

「この前、母さんからメールきたからね」
「ああ、なるほど」
「成浩たちの学校はどこ行くの?」
「なんか、県外の美術館と遊園地が併設されてる、なんとかの森って」
「ああ、あそこか。ギリギリ県外だけどほぼ県内のあそこでしょ」
「うん」
「あそこ、ボクも行ったことあるよ」
「え、兄貴行ったことあるの?」
「行った行った。高校生の時、デートで」
「…ああ、うん」

 なるほど、と小さく呟いて頷く。
 兄貴は昔からモテてたしな、と思い返しながら兄貴を見れば、「懐かしいなぁー」なんて言いながら笑っている。

「確か、あの時の彼女とは、案外すぐに別れちゃったんだよねー」
「そうだったっけ」
「そ。そのあとは暫く彼女作らなかったし。まぁ、今も彼女はいないけどね」
「そうなんだ」
「西といるほうが楽だし、楽しいしね」

 そう言った兄貴が、「たらこバター食べたい」とペペロンチーノの皿を差し出してくる。ん、と自分のところにあったパスタを兄貴に渡せば「やった!」と小さく喜ぶながら兄貴は受け取る。
 彼女はいない。
 とは言うものの、毎年、兄貴はバレンタインは大量のチョコをもらって帰ってきていた気がする。
 小さい時は、毎年、この時期は兄貴から「おやつ」にたくさんのチョコレートをもらえてラッキー、ぐらいにしか思っていなかったが、成長するにつれて、兄貴ってモテてたんだな、と実感していた。
 いま考えれば、彼女が居なかったからこそ、余計に大量だったのでは、なんて思ったりもするが、まぁ、本人は特に気にしていないみたいだから、忘れることにしよう。

「でもあそこが校外学習場所ねぇ。成浩はどっちに行くの?」
「…多分、遊園地?」
「ん? 疑問系?」

 照屋(てるや)のことだから遊園地一択なのでは無いか、と思う。ああ、でも、羽白(はじろ)さんは美術館かもしれない。
 そう考えた時、断言が出来なくて、思わず質問に疑問系で返せば、兄貴が不思議そうな顔をする。

「いや…美術館、っていう選択肢も出るかな、って」

 遊園地と決まったら、もし、羽白さんは美術館のほうが見たかったとしても、彼女は言い出しにくいのでは、と思った瞬間、ふふ、と兄貴が楽しそうに笑う。

「…なに」
「いやぁ?」
「…なんだよ」
「なんでもないよ」

 ニコニコ、というか、どちらかと言えば、にやにや、という表現が似合いそうな表情で笑う兄貴に、なんだかよく分からないが、小恥ずかしい気分になって、思わず兄貴から顔をそむける。

「…恥ずかしい時に、手の甲で口元を隠す癖、変わってないね」
「…うっせ」

 ふふ、と楽しそうに笑う兄貴の視線に、「ああ、もう」と小さく呟いて、しばらくの間は残りのパスタを食べることに集中することにした。


「じゃ、また連絡するから」
「気をつけて帰るのよ」
「駅まで送ろうか?」
「ここでいいよ。大丈夫」

 玄関先で繰り広げられるのは、兄貴が一人暮らしをする家に帰る時にするいつものやり取りで、心配ばかりする母さんと父さんに、兄貴は何度も大丈夫、と返事をしている。

「ああ、そうだ。成浩(なるひろ)」
「ん?」
「ちょっと」

 ちょいちょい、と手招きされ、兄貴へと近づけば、ガシィ、と肩に腕を回され、顔を近づけてくる。

「ちょ、なに」
「美術館って言った時、誰を考えてたんだ?」
「なっ!ちが、あれは」
「ははっ」

 一瞬にして頬が熱くなった俺をみて、兄貴は楽しそうに笑ってガシガシ、と少しだけ乱暴に俺の頭を撫でてから、肩から腕を離す。

「悩め悩め、弟」
「だから、なに言ってっ」
「ええ、何なに?」

 けらけら、と笑う兄貴と、慌てる俺を見て、父さんと母さんが興味津々という表情で問いかけてくるから、「なんでもない!」と思わず返せば、兄貴はまた、満足そうな表情で笑った。

【6月14日 終】

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